第21話 出会い
僕は真っ白になった頭のまま通り過ぎて。見えなくなってもその方向を見ていた。そして、橋を渡り切りそうになったタイミングで不意に我を取り戻す。と同時に一気に僕の背筋に冷たいものが走った。
自殺しようとしてるのか? そのことに気付いた時、背筋だけでなく体の奥底までゾクッと震えた。自ら命を絶とうとしている、そんな現場を間近で見たことで、狂気性に抑えきれないほど恐怖心がこみ上げてきて……。
慌てて振り返る。だが、人込みで見えなくなっている。気付くと僕の足は男に向かって動いていた。
後ろを歩いていた人にぶつかる。それでも、すぐに身を滑り込ませて男の下へ走り出す。そのまま何人もの人にぶつかる。でも、気にもならない。
やばいやばいやばい。と焦る心。もう最後は前を遮る人たちを押しのけるようにして前に進む。
そんな中、ちらりと人混みの隙間から男が見えた。丁度、男が前に体重を傾けている最中だった。あたりがスローモーションのようにゆっくりと進む。その光景が目に焼き付く。心臓がバクンと跳ね上がる。
気を抜いていなかったわけでもない、飛び降りるのだろうと確信に近い予想もしていた。それなのに本当に自殺しようとした姿に……驚いてしまった。
すぐにまた人混みに邪魔されて見えなくなる。
僕は、一層焦ってもう人にぶつかりこけそうになりながらも走って男の下へ向かった。
いろんな人の毒づく声を背に受け走る。男が体重を傾けてから三、四十秒ほどかようやく人混みを抜け出した。
そこでは、丁度、恰幅の良いスーツを着た男が飛び降りようとした男を引っ張り上げた所だった。それをトロンが手伝っている。
男はまだ生きているようだ。
なんだか体中の力が抜けて、ヘタッとその場に座り込んだ。その僕の様子を見て、スーツの男が不思議そうな顔をしている。
人込みの中から二人現れ、飛び降りようとした男のもとへ近寄る。スーツを着た男はその二人に小声で何かを伝えると僕の方へ歩いてきた。
近づいてくることでその姿が詳細に見える。
大柄な男だった。服からでも胸板は厚いことが分かる、年齢は四十くらいか、よく見ると頭に白髪が混じっていて、所々に薄い皴があった。
何故か気まずそうな顔していて。
「あー、助けに来ようとしてくれたんだよな?」
本人は優しく言っているつもりと言うのが伝わってくるのだが、それよりも言葉の圧が強いことのほうが勝つ。
気付くと背筋が伸びて、頭を縦に振っている。
「あー。そうだよな。それは感謝してるんだけどな……」
より気まずそうな顔をして、服のポケットから何やら丸みの帯びたデバイスを取り出し、ボタンを押した。
画面が映し出されたものは警察手帳だった。
八木基樹(やぎもとき)と書かれてあり、隣にスーツを着た大柄の男の顔写真がある。
「えっ……? はっ……?」
そこで僕はようやく今の状況を察した。全く気付くことがない周りの通行客。自殺をする人を目にすると、悪影響を与えるかもしれないとCAREが判断して見えないようにしている。そんなの当たり前だ。
しかし、その場に僕は顔色を変え助けに行った。その時点で現実世界が見えていることが筒抜けになっているということを……
「すまんが、話を聞かせてくれるか……?」
最後まで歯切れの悪い様子で八木基樹は言った。
少し考えれば分かっていたのに……衝撃でそこまで考えが回らなかった。
やばい……。逃げる……? あたりを見渡す僕。
「親切心で出てきたんだ。余計なことさせないでくれよ」
そう言う八木の言葉には逃げきれないという確信めいた物があって、僕は動けなかった。後悔とか絶望とかが押し寄せてきて、力なくうなだれる。
そんな時だった。
「……修一…………?」
えっ………………。
頭の上から突然名前を言われた。その声は今にも死にそうだというほど弱っていて、しゃがれていた。
僕は視線を上げた。そこにいたのは、さっきの八木と話していた二人に連れられている男。さっき飛び降りようとした男。
男はだらんとだらしなく緩んだ表情の中、やけにその目だけは大きく見開いていた。
「…………三浦……?」
僕は三浦と同じように目を見開いた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます