第20話 退屈な日々再び
プチン、
もとの取調室の景色に戻っていく。
「気付いたんですよ。僕が悪いからこんなことになったって……」
再度見ると、また喉の奥辺りに気だるい重みが増して、声が低くなる。
僕は少しでも早くこの話を切り上げてしまいたがったが、八木さんは「そうか……」そう呟きながらどこか不満そうな顔をした。
「聞いてもいいか? どうしてそう思ったのか?」
そう尋ねてくる八木さんの声色はいつもと違ってどこかよそよそし気で……。
「単純な話ですよ。すべて僕が悪かったんです。だから、一昨日みたいなことが起こった。そう考えれば納得がいきますし、実際そうだったんでしょ」
細かいことは気にしないでおこう。もう今はもうこれ以上、この話はしたくなかった。だから、出来るだけ簡潔にまとめて言った。
「…………そうか……」
途端に八木さんの顔がより曇って……。何か話したらいけない気がして……。静寂がのっぺりと横たわる。八木さんはどこか遠くをしばらく見ていて……。
「今日は終わろうか……」
唐突に八木さんはそう言うと、僕の返事を待たずに立ち上がって部屋を出て行った。
どうしたんだよ、急に? そう思ったものの、早く終わったことに正直ほっとしている自分がいた。
~~~~~~~~~~~~~~~~~
沙織の誕生日の次の日。僕は出来るだけ何も考えないように意識していた。少しでも頭が回転し始めると鬱屈とした気分が強くなる。ただ、ベッドに横になって目の前のスイッチを眺めている。
視界の端にある『学校が始まっています。休む場合であれば休む連絡をしてください』と言うメッセージが煩わしい。今すぐにスイッチを入れてこのメッセージを消したい。現実世界に行きたい。
しかし、スイッチの充電の仕方も分からない。もう数時間持つか持たないか……。
ズキっと鈍い痛みが胸に走る。また余計なことを考えてしまって……。冷え切った視界には何もうざったく見えて……。
さっきから胸を押し付けてくる鉛がどんどん溶けて血管を伝い体に隅々まで回って……。体中が重い。どんどんベッドに沈んでいく……そんな気すらしてくる。いっそこのままどこまでも落ちていけば……楽な気がするのに。
そんな上体でも腹は減ってくるもので、でも、動く気すら起きなかった。そのままうつらうつらとなって……眠った。
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じわじわと足元から焦がすような焦りを糧に目を覚めした。
時計は三時を指していて、窓から光が差し込んでいた。
もうこんな時間か…………。
気分も一度眠ったことで幾分かは気分もましになっていて。
部屋にこのまま倒れていても仕方ない。そんな考えが浮かぶほどには余裕が出来ていた。
このまま部屋にいても昨日のことばかり考えてしまう。僕は、外に出ることにした。スイッチをオンにして……。
ブゥゥゥン
そんな音を立て、現実世界が姿を現す。気分は上がらないが、紛らわす程度にはる。
もうこれからのことは考えてない。ただ、いますぐに気を紛らわしたい。
ただ、それだけだった。もう錆びだらけの体をぎこちなく動かしながら外を歩く。出来るだけ目に入るものに集中しながら……。
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いつの間にか日が傾き、太陽が赤みを帯びてきたところだった。あたりも薄暗くなってきて、右手に持っているスイッチも緑色の点も残り一つになって、点滅している。
もう、現実世界にいることも長くない。もう二度と現実に戻ってくることはないんだろう。これからずっと拡張現実の世界で生きていかないと行かない。一生。
その実感がいまいち湧かない。一生あの世界で違和感を感じながら生きていくのか。このまま。全く誰とも分かり合えずに孤独に生きていくのか。単色的な笑みを見続けないといけないのか。
実感は湧かないが、鬱屈とした気分は強くなっていく。
もしこの電源が切れたら? その時僕はどう感じるんだろう。そんなことを思い始めていた。
その時、僕は大きな歩道橋を歩き始めていた。ただ道路を横断するだけの歩道橋ではなく、様々な道路、施設とつながっていて、何本もの歩道が交差して入り組んでいる。そのため人通りも多い。
普段だったら異変に気付いていただろう。足元を通り抜けていく白いロボットトロンの数が多く、更にどのトロンもウィィィィンと音をたてすごいスピードで過ぎていっていたのだ。でも、その時の僕はそこに頭はなかった。ほとんど脳は働いてなかった。
僕は歩道橋の左端を歩いていた。
少し前を歩いていた人が急に右に逸れた。街で同じような状況にあったことがある。
恐らく拡張現実ではそこを立ち入り禁止にしているのだろう。工事をしている場合など、地面のタイルが割れてしまっているとかそういう場合に使うシステムだ。
工事でもしているのか……?
前の人の足跡を辿りながら、ちらりと視線を立ち入り禁止にしているスペースに向けた。
そこにはトロンが所狭しと集まっていて、その奥には歩道橋の柵の上に立っている人影が……。
「………………はぅ?」
頭が真っ白になった。わけが分からなくて。そのまま人込みに流されて進んでいく。
その間、僕は柵の上に立つ人から目を離せなかった。後ろ姿の背格好から男のようだが……。
薄暗くてそれ以外分からなかった。男は時が止まっているようにその場から動かない。
ただ、異質だった。皆普段どおりに歩いていて、そこには日常が広がっていて。でも、そのすぐ隣で異常性があった。いつもの景色に交じっているからこそ、余計に男の違和感が際立っていた。
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