第24話 操り人形

 ジリリリリッ 



 徐々に耳元で大きくなっていく鳴り響くアラーム。それに呼応して小刻みに震えるCARE。



 目を開くと、それを感知したCAREが自動的にアラームを止め、目の前にやけにポップでカラフルな『Good Morning』が浮かび上がる。それが消えると、今日の天気、温度、湿度などが表示される。



 それは僕にこれ以上なく不満を募らせる。



 はぁ……まじか…………。




 僕はベッドの上で小さなため息を何度も吐き、最後に一番大きなため息をつき、立ち上がった。



 のそのそと洗面台に向かい、顔を洗う。ふと見上げた時に鏡に映る僕の本当の顔を見る。映っているのは不満げな顔でいる僕だ。これはCAREのシステムはかかっていない。これが八木さんが言ってたCAREのシステムを緩和したうちの一つだろう。特に意味もなく、僕はそのまま鏡に向かって自分が出来る最大限の不機嫌な顔を映し続けた。



 それに満足すると、次は台所に向かい、朝ご飯を済ませた。



 もう学校に行く時間が迫ってきている。頭の中には『あぁ、帰りたい』そればかり考えている。まだ家にいるというのに……。



「……いってきます」



 そんな心に鞭を打ち、家を後にし、階段を降りだす。例にたがわず右上に小さく『※足元に気を付けてください』という文字が浮かび上がってくる。



 ふつふつと苛立ちが込み上げてくる。どうやらこれは緩和できなかったようだ。



 だが、もう抗う元気すら出ない。できるだけ右上を見ないように下を降りる。そのままマンションをでて、学校に向かった。



 ビル街に入る。煩わしいCMは緩和してくれたおかげで空に浮かんでいない。



 だが個性的でカラフルなビル達が入り組んで立ち並び、複雑に絡み合っているだけで十分煩わしかった。



 本当の地味で物足りない心落ち着く街を知っているからこそ尚更だ。



 一か月前まで見ると気分が荒ませるだけだったのに、今では一生この景色なのだという事実が僕の心をやさぐれさせるだけでなく、もう空虚感さえ与えてくる。 



 その中を歩く人などもってのほかだ。



 やはり結局は地面に目が落ち着く。情報が入ってこないことが楽だ。



 学校でもそれは変わらず、僕はもう教室にいることも嫌だった。朝のHRギリギリまで違う階のトイレで時間を潰して、教室に入った。



~~~~~~~~~~~~~~~~


「じゃあ、授業を終わります」



 先生がそう言って、四限が終わる。



 憂鬱な昼休みがやってきた。この時点で僕の精神は疲れ切っていて、もう僕は椅子から動く気も、元気もなかった。



 何もしたくない。ただ何も感じたくない。一人でいたい。これ以上心を荒ませたくない。そんなことばかり頭でぐるぐる回って、ノート用のタブレットや、筆記用具を直すことすらしなかった。ただぼんやり、机に上半身を預ける。



 そうしていると、急にピコンと始めて聞く音と共に右上にメッセージがポップアップされる。



『拡張現実のご自身に従ってください』



 初めてみるCAREからのメッセージ文。字面だけ見れば何が何だか意味が分からない。しかし、僕には心当たりがあった。これか八木さんが言ってたのは……。



 ちらりと目をやると手を振りながらいつもメンバーのもとへ向かう僕の後ろ姿が目に入る。



 これが社会復帰システムか……。概要については知っているものの、それでも受け入れられない気持ち悪さがあった。



 このシステムはCAREが今までの集められたデータから計算した一般的な常識ある人の動きや話し方どうりに拡張現実の僕を動かす。さらに、僕はCAREを通じて拡張現実の僕の動きや話し方が可視化されている。三浦の着けていた機械の強化バージョンと言った所か。それを持って、実際に一般的な常識ある人の動きや話し方を近くで見せ、どういう風に動けば話せば周りがどんな反応を示すかを実体験させ学ばす。それによって社会復帰を助長しようというシステムらしい。  



 つまり、拡張現実の僕は完全にCAREの操り人形になったわけだ。



 このことから分かる通り、僕は警察の上層部から人間関係の構築が上手くないことが理由で拡張現実を嫌っているという見方をされているらしい。なので、CAREに社会復帰システムというものを導入された。



 だから、今、僕に一般的な人との接し方を間近で学ばせるために現実世界の僕に拡張現実の僕と同じように動けと指示が来ているというわけだ。



 ちなみにこの復帰システムが働いている間、復帰システムがメインとなり、僕の動きや言葉は二の次で向こうに伝えられないことも多々あるらしい。もう僕が何を言おうと向こうには伝わらない、どう動こうとも向こうには分からない。もう僕は全てが嘘に覆われた存在になってしまった。



 そう考えると、血管の中を血液と一緒に倦怠感も流れているようで、頭の先から足の先まで気だるさで満ちる。



 初めは無視していた。しかし、メッセージはしつこくずっと目の前に表示され続けたまま。そんな中、『態度次第で罰則を増やすか決める』と、八木さんの言葉を思い出す。ここで復帰システムに逆らい続けたら、それは心象は悪いだろう。頭の片隅に沙織の陰がちらついて。



 くそっ、僕は一人でゆっくりすることもできないのか……。



 僕は舌打ちをして立ち上がると、のろのろと拡張現実の僕の後ろを追い、拡張現実の僕がいる席に向かった。



 僕が席に着く頃には、拡張現実の僕は会話に馴染んでいて積極的に話している。まるで夏休み前の僕と違う。それは、もう他のメンバーが違和感を覚えないかと疑問を覚えるほど。



 そしてもう一つ夏休み前と違う所がある。それは、三浦がいないことだ。



 夏休みが終わってからずっと急用があって休んでいることになっている。八木さんに聞いたところようやく話の折り合いがついたようで、今その準備中だそうだ。それ以上の話は何も知らない。八木さんは何も教えてくれないからだ。



 三浦を抜いたいつものメンバーの中で、昨日見たドラマの話をしているのだが、拡張現実の僕はどこから仕入れたか分からないコアな情報を披露して会話を盛り上げていた。その姿はまるで三浦を見ているようで……。



 僕はできるだけ会話を聞かないように意識を弁当に向ける。しかし、僕の声で話されるとどうしても耳についてしまうのが事実。



 そのうち僕はむかむかしてきた。誰もが自分の声で好き勝手話されるのは気分が悪くなるだろう。



「そうだ! この後さ、皆で遊びに行こうよ」



 そんな中、桃谷がそう提案した。



 僕はすぐに「行かない」と答える。だが、聞こえるわけもなく。



「行くよ!」代わりに底抜けに明るい僕の声が皆聞こえたようだ。皆、次々と賛同していく。



「なんだよ…………」



 それが決定打で溜め込んでいた不満が限界を迎えた。僕はこのストレスに満ちた場所から去ろうと決意し、勢いよく立ち上がる。



『拡張現実のご自身に従ってください』すぐに目の前にメッセージがポップアップされる。



 僕は誰にも聞こえない舌打ちを鳴らし、足早に教室を出て屋上に向かった。



 屋上に繋がるドアを開けようとドアノブを握ると、不意に初めて沙織と会った時の記憶が蘇る。開けた先に空を眺める沙織がいないかと期待してしまう自分がいることに気付いた。



 そんなことあり得るわけがないそう思いながらドアを開けるも、目は辺りを彷徨う。……当たり前なことに屋上にはだれにもいなかった。もとより屋上を使う人などほとんどいない。だから、あの日、沙織は屋上に僕を呼んだのだろう。



 それに結局会えたとしても、話すことは出来ずにうるさくアラームを鳴らさられるだけなのに……。



 僕は悲しさと虚しさが相まったそんな複雑な感情になり横になった。そんなことを考えている場合じゃない。自分のことで精一杯のはずなのに……。



 でも、仕方じゃないか……。



 自分のことを見ても、何が出来る? 結局どう動けばいいのか? 分からないことで……。結局何も出来ない。



 僕にできることは自分の現状を見ないことだ。どれだけ現実から目を背けながら生きれるか……。それしか出来ない。



 あぁぁ…………。初日からこんなきついのか…………。



 僕は逃げたい一心で目を閉じた。


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