第14話 学校探索
「もう~いつまでビビってるの? もっと堂々と歩きなよ」
沙織はそういって廊下をずんずんと進んでいく。
慣れていない僕は五臓六腑全てがひんやりとしていて、しきりに視線を彷徨わせ、恐る恐る足を踏み出していく。
「大丈夫だって。ぜぇったい誰にも見えないから。私が証明するよ」
沙織が挑発するような顔つきで僕の顔を覗き込んでくる。余計にドクドクなる心臓。
「それでも怖いものは怖いんだよ」
芽生えた恥ずかしさが沙織の視線と合わないよう目を逸らさせた。
僕たちは、沙織の提案で授業中の教室から飛び出し、今廊下を歩いている。古びた廊下、誰もいない廊下、その廊下に窓の隙間から太陽の日差しが差し、雰囲気的にはすごくいい。でも、それでも感動より、緊張の方が強い。悪いことをしているという後ろめたさを感じてしまう。
先ほども先生とすれ違った時、沙織は平然とすれ違ったが、僕は怖くて柱の陰に隠れていた。
僕は不意に気になっていたことを尋ねる。
「というか、先生にもどうして見えないんだ?」
こんな生徒に自由にされているのに、それを静止する教師が見えないようになっているなんて。
「教師が注意する時代なんてもうずっと前だよ。今はもう注意することなんてほぼないよ。下手に言うと面倒な親に後で文句言われるかもしれないからさ。だから先生も注意のしたことがないって人がほとんだよ。もう注意するイメージだけつけてほとんどはCAREがやってる。今は見えなくなってるけど、CAREでは注意している文面が表示されてるだろうし」
「そ、そうなんだ」
なんか余りにも現実的過ぎて、学校自体のイメージが少し崩れた。そんな中、沙織が指をさす。
「そんなことより、ほら、この教室を見てみなよ。皆笑ってるでしょ」
覗き込むとその教室でも皆が無理に笑顔を顔に張り付けたぎこちない表情をしている。
「本当なんだ……」
未だ信じ切れなかった、信じたくなかったが、これは受け入れざるを得ない。
本当に皆CAREに飲み込まれてるんだな……。
「なんか皆がおかしいみたいな感じでいるけど修一がおかしいからね。普通は皆に合わせるから」
すかさず口をはさんでくる沙織。そんなものなのか……。あまり釈然としない。
「でも、沙織だっておかしいと思うだろ?」
「えっ? いやだなぁ~。私は普通だと思うよ」
沙織は両手を突き出して振り、冗談めかして言う。机の上に平然と立って騒げるやつが何ふつう気取ってるんだよ。僕は沙織の戯言を聞き流し、先へ進んだ。
教室を抜け出して、僕たちは30分ほど学校を散策した後、最後に沙織のおすすめだと言われて屋上に行くことになった。
僕は精神的な疲れで屋上の柵に背中にもたれかかる。ついさっきまで職員室の客用ソファでコーヒーを飲みながらくつろぐ沙織を動かすのに体力をほとんど使い果たしてしまった。
隣では沙織がポケットをまさぐり、丁度カメラを取り出したところだった。
そんな沙織を横目に僕は景色に目をやった。うちの学校は坂の登り切った所にあって、周りがよく見渡せる。そこには、お世辞にも綺麗と言えない建物が並んでいた。
どれも遠くから見ても茶色に汚れているのが分かるし、壁面に軽いひびが入っていたり、すべてが同じような無骨な建物だ。だが、屋根は太陽の光が反射しキラキラと輝き、屋上に干されている白の布団が風に吹かれ、太陽に照り付けられている姿は凡庸であるのに心落ち着く美しさがあって目を引き付ける。
ほかにも照らされ反射し青々と輝く木々、その間を縫うように伝う道路、そこを走る自転車。それらが合わさって町全体でほのぼのとした温かみのある雰囲気で。自分もあの中で歩いてみたくなった。
特に目を引くものもなく、意識をしなかったら見落としてしまうような物で溢れてるこちらの方が僕の性分に合っている気がした。
「ここの景色気に入った?」
僕が頷くと、沙織は「私も」と言って笑顔を浮かべる。そのままカメラを片手に景色をじっと眺め始める。
「そういえばさ、どうしてカメラで写真を撮るの?」
不意に気になって尋ねた。結局、CAREに内蔵されているカメラ機能を使った方が楽なのに、わざわざカメラで撮るのだろうと思って。それが少し疑問に思っていた。
「CAREで写真撮ると手軽だからさ、適当に写真を撮っちゃうんだよね。その点カメラだとしっかりと構えて撮ろうっていう気持ちが湧いてくるの。それに、CAREで撮ったら初めから拡張現実で覆われた世界を撮っちゃうからね」
「へぇ………」
僕がそう納得すると、沙織はまた景色をじっと眺め始める。その真剣な眼差しは、時折風で微かに髪が揺れ見え隠れする。僕はその横顔に視線が吸い込まれていって……。しばらくの間、眺めていた。
「あれっ、撮らないの?」
不意に我に戻った僕はずっとカメラ片手に景色を眺め続けている沙織に尋ねた。
「私、撮ること自体が目的じゃないんだ」
「えっ、どういうこと?」
ついさっきまで撮ることを大切にしてる言いぶりからは真逆のことを言い出して僕は思わず素っ頓狂な声が出た。
「撮る過程を大切にしてるんだ。私、写真を撮るのは一回の機会でで一回って決めてるの。そしたらさ、一番いい写真を撮ろうとするでしょ。その時に細部までこの景色からいいアングルを探そうとする。その過程が好きなんだ。一番その時がこの景色を楽しんでいる感じがしてさ」
僕はワンテンポ遅れて答える。
「……なんか、通みたいなこと言うね」
すると、沙織は苦笑して、
「そうかな。通は多分、いい写真撮るために何枚もとるもんじゃない」
確かにそれはそうだ。僕が素直に納得した表情をし、沙織はそれを見てひと笑いすると、また景色を眺め始めた。
そこから十分後、カシャッとシャッター音が鳴り、沙織は満足そうに笑みを称え、う~んと唸って伸びをした。
「満足できた~」
そう言ってごろんと地面に倒れ込む。それを見てもう普段通りに話しかけていいだろうと僕はずっと言いたかったことを言った。
「沙織の度胸すごいね」
僕も寝転ぶ。空に浮かぶ雲がゆったりと流れている。それを見ていると時間がゆっくり進んでいるような感覚になる。CAREではこんな感覚味わったことがない。すべてせかせかと進んでる感じ。
「そうかな?」
「そうだよ。机には上るは、人のノートに落書きしようとするは、ソファに倒れこむは……」
すると沙織は悪戯っ子のようにはじけた笑みを浮かべる。
「確かにねー、今日はテンション上がってやりすぎちゃったなって自分でも思う」
「いつもはしてないの?」
「してるわけないじゃん。いつもは屋上とかで景色見たり、こうしてぼんやり空眺めたりしてるよ」
本当かどうか疑わしい。そんな僕の表情を読み取ったようで、
「信じてないでしょ」
そう言うも沙織は気にしてないようだ。満面の笑みを浮かべている。人間味のある表情。
その顔を見ていると、僕は職員室でのことを思い出した。
「そういえば、職員室の先生の表情覚えてる?」
「えー覚えてないけど、どうかした?」
「先生達はいろんな表情をしてたんだ。笑ってるだけじゃなかった。生徒と違って。それがどうしてかなって思って」
僕は職員室で見た様々な表情を思い出す。
無理に笑顔を張り付けている人、笑い損ね引きつった笑顔をしてる人、口角しか上げていない人、真顔になっている人。そこにはクラスにはなくなっていた人間味がそれなりに残っていた。
「それははっきりとは分からないけど、CAREが広まる前から生きてる人とか、他人に合わせようとしてたけど、歳をとるにつれ、合わせるのにも疲れて出来なくなったとかそんな理由じゃない? 言われてみれば若い人って笑ってるイメージで、歳がとるにつれ笑わなくなっているイメージがあるね」
沙織はう~んと唸った後、そう答える。
「そうなのか……」
僕は嬉しいような悲しいようなどっちつかずな心地になった。まぁ、どちらかと言えば悲しい方か……。
自ら人間味を無くそうとして、疲れて人間味が出てくるなんて皮肉な話だな……。
「表情が暗いね。現実の学校は楽しくなかった?」
沙織は上半身だけ起こし、僕の顔を覗き込むように尋ねた。
「う~ん……面白かったけどさ……なんか悲しかったのもあったな……ここまで人間ってCAREの作る拡超現実に浸食されてるんだな…って」
そう言いながら頭にさっき見た景色が蘇ってくる。張り付けたぎこちない笑みを浮かべるクラスメート。
もはやCAREが人間を操作してるじゃないか……。完全に操り人形だ。
「そうかな? そのおかげで今楽しいんじゃん」
僕とは全く逆であっけらかんと言う沙織。
「皆がCAREをつけているおかげで、私が机に上っても誰も気づかない、授業を抜け出しても気づかれない。もう、私なんていないみたいに……。私ってもう自由だなっていう実感が湧いてこない? 凄く気楽じゃない?」
その時の沙織の笑顔が今までとは違った笑顔で……何か奥深い笑みだった。
「そ、そうかな……」
「私はそう思うけどな~。まぁ、なによりも中々味わえない経験じゃん! 凄い景色じゃない? 特に机に上っても何も言われないのとか。CAREがなければこんなことできなかったんだよ。そう考えたら楽しくない?」
そうケラケラと笑う沙織はいつも通り天真爛漫な笑顔で。
「まぁそうだけどさ……」ついつい釣られて頬が緩まった。
すると、不意に沙織は思い出したように話す。
「それにさ、表面ではそうかもしれないけど、心の中まではどうか分からないよ」
「どういうこと?」
「表情がそのまま心の中を表してるってことじゃないかもよってことだよ。意外と修一みたいにCAREが嫌いな人がいるかも」
「……そうかな?」
「そうだよ。修一ほど表面まで分かりやすく嫌いオーラ出てるのが珍しいからね」
「そんなことないと思うけどな~」
ほとんど独り言のように答える僕。沙織はふ~んとそう答えて、また空を見るのか寝転がった。
こんな調子で沙織と僕は、何気ない話をしながら授業の終わるギリギリまで過ごし、屋上を後にした。
僕の教室の前に着いた時、すっかり忘れていた気になっていたことを思い出し、最後に尋ねた。
「そういえば僕に話しかけてきた理由は分かったけどさ、どうして初めはメッセージだったの?」
普通に話しかけてきた方がいいのに、どうしてあんな回りくどく怪しい方法をとったのか疑問に思った。もしかしたら、CAREのシステムなど何か理由があったのかもしれないと思って。
「だって面白いじゃん」
沙織は当然というように答えた。数秒経って、僕は唖然と口を開いた。
「隣で修一のリアクション見てて楽しかったよ」
ケラケラと笑う沙織。
沙織の方が絶対変わってる。僕は確信を持った。
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