第12話 動き出した僕の人生
プチン、
もとの取調室の景色に戻っていく。
もう僕は慣れた様子で八木さんに聞かれるまでもなく話し始める。
「この前にも言いましたが、僕はこの嘘に覆われた世界に辟易としてたんです。それでもそれから抜け出そうという気持ちはなかった。そんな方法があると考えたことさえなかったんです。ただ、毎日心の底から押しあがってくる不満をどうやって押さえつけるかの術を模索している日々でした。そんな中抜け出す方法を知って僕の世界は変わったんです。ずっと胸に居座っていた重りがとれたんです」
僕がそういうと八木さんはじぃっと僕の顔を見て続きを促した。
「同時に現実世界を見ることで、人は拡張現実に心の底まで根を張られていることに気付きました。人が作ったものなのにまるで人がCAREに支配されているような気がして……。八木さんはそんな気がしませんか?」
相変わらず八木さんは黙って僕を見ている。八木さんはCAREを擁護する立場だ。だから僕の言っていることなど心にも止めてないのだろう。
何言ってんだ、コイツ程度に思われているのかもしれない。対抗心が燃え上がってきた僕は饒舌に語る。
「さっきの高校生三人組だって八木さん見たはずですよね。八木さんはおかしいと思わなかったんですか?」
僕は食い掛るように言った。少しでもいいから正当性があることを分からせたかった。
「あれはCAREが作り出した嘘じゃないですか。相手のこと何も知らない、素顔も、何が笑いのツボなのか、どんな性格をしているか。全部CAREが修正して何も知らない」
相手のことを何も知らないという言葉を放った時に沙織の顔が浮かんで胸を痛めた。でも、一度熱くなった脳と回りだした口は止まらないで……。
「ただ自分に都合がいいだけで、皆建物も人も、人間関係までもCAREの嘘で塗り固められたもので。それが普通だと思ってて、その普通が異常だってことを誰も知らない。 皆CAREに操られてる。まるでCAREに居心地のいい住処を与えられた動物園みたいな世界じゃないですか?」
僕は八木の返事も待たず、捲し立てるように言った。すると八木さんはぽつりと呟くように……。
「別にこの仕事やってるからってCAREのこと擁護しているわけじゃねぇよ……」
「……えっ?」
意外な返しに僕は一瞬戸惑った。
そのうちに八木さんは資料をまとめ、「今日の聴取は終わりだ」と言って部屋から出ていった。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~
「修一、おいっすー」
僕が教室に入ると同時に三浦が僕に声をかけてくる。僕はそれにできるだけ最小限の返事だけして、自分の席に着く。その後も、三浦が僕に何か話しかけてきているが僕の頭はうわの空で何を言っているか理解できてない。無意識的に返事しながら僕はあたりを見渡している。
それもこれも全て沙織のせいだ。
始めて現実世界に行ったあの日から二週間近く、沙織と会えていないのだ。あれだけ僕の気持ちを盛り上げて……。
まさか現実世界に行ったことが気付かれたのかもしれないと心配になり、メールしたところ、『ばれるわけないじゃん(笑)』という返事だけ帰ってきて、それからはメールが一切帰ってこなくなった。
これからどんな日々になるのかと期待に胸を踊らせていたのに、あの日から二週間、さすがに盛り上がっていた気分も今では随分と収まってしまった。
代わりとは言っては何だが、僕は沙織についていくつか話を教えてもらった。沙織は学校では有名だったそうで三浦達も聞いたことがあったみたいだ。お陰で簡単に情報は集まった。
どうやら、数か月前に転校してきたらしい。有名な理由は頭の良さは別格だそうだ。テストの点数は満点は当たり前。更に、余り周りともかかわりを持とうとしていないらしく。周りからは孤高の天才と呼ばれているらしい。
まぁ、CAREを無効化できる機械を作れている時点で只者ではないとは分かっていたが……。
余計に何故僕に話しかけてきたのか分からなくなっただけだった。前に聞きたいことばかり増えていくばかりでついつい聞くのを忘れてしまっていた。それもあって早く会いたいのに。
「じゃあ、ここ読んでみてくれ」
国語の時間。先生が生徒を指名し、当てられ生徒は教科書を音読し始めた。
噛むことなくすらすらとはっきりと読んでいく男の子、顔に一切の緊張は見受けられず、単色的な笑いを浮かべている。
そんな横顔を見ながら僕は彼の本当の姿を想像した。緊張しながら音読しているのか、それともCAREが加工してくれると鷹をくくって適当に読んでいるのか。はたまた緊張しないタイプで殆ど拡張現実の姿と同じように淡々と読み上げているのか。
僕はあの日以来、現実世界で見た人たちの表情を重ねてその人の本当の姿はどうなんだろうと想像するようになっていた。それほどまでにまだ瞳の奥にあの光景が焼き付いている。そして、それにはある副作用があった。男の子を見ながらそ何気なく周りに視線をやった。すると心の奥の方で苦いものが湧き出てくる。皆、背筋正しく、同じ単色的な笑みを浮かべ、男子生徒を見ているのだ。顔は一人ひとり違うのに、笑い方は機械的に寸分の狂いのないほど同じ。
僕は現実のあの豊かな表情を見てるからこそ、この単色的な笑みがより違和感を覚えるようになってしまったのだ。僕はすぐに視線を逸らした。
その時だった。
ポンッ
不意に肩を叩かれた感触がした。僕はすぐに振り返る。だが後ろにいる女の子は僕のことなど見ておらず、音読をしている男の子を見ている。
うん? 気のせいか……?
……………あれっ? 待てよ……。そういえば……前もこんな体験を……。
僕はハッとした。
まさか……。次に僕がノートに目線を戻したときすべての体毛がぞわりと逆立った。
『拡張現実抜け出そうよ』
女性らしい丸っこい文字でノートに書かれていたメッセージ。
ドクンッ、ドクンッ、興奮で心臓の鼓動音がどんどんと大きくなっていくのが分かる。同時にどうやってこれを書いたんだ? という疑問も浮かんで。
急いであたりを見渡すが沙織も立っている人すらもいない。誰も書けるわけがないのだ。
フワッ
耳をほんのりと風が撫でた。同時に頬に人肌のぬくもりを感じた。
驚く暇もなく、耳元でヴィィンと機械の駆動音が鳴りだし、目の前が歪む。
「ようこそ」
色が抜けて、目の前が真っ白になった時、鼓膜を肌触りのいい声が揺らす。
次の瞬間、純朴な世界が現れた。
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