011 スタル村の宿

「ここが、スタル村かぁ。思ったより小さいな」

「あはは、でもこの辺は農業が盛んで、フレッサ経由であちこちに出荷してるんですよ。それに、さっきの森で素材を採取する冒険者もよく来ますから、意外と栄えている方なんですから」


 マリーの話を聞きながら、俺たちは村の入口から歩を進める。特に門番がいるわけでもなく、当たり前のように村へ入ってしまったが、大丈夫なんだろうか。きょろきょろと周囲を見ながら歩いていると、恰幅のいいおばさんに声をかけられた。いや、俺じゃなくてマリーが、なのだが。


「おう、マリーちゃん帰ってきたか。あ? うちのバカ息子と悪ガキ仲間たちはどうした?」


 おばさんの言葉でマリーは表情を硬くし、うつむいてしまった。けれど意を決したようにポーチからがさごそとあるものを取り出した。それは板状のなにかで、三枚あった。そういえば遺品を漁っている時に探しているものがあるって言っていたが、あれか?


「これは、あの子らのギルドカード……そうか、死んだか」

「ごめんなさい……私を庇って、たぶん、コボルトに」


 マリーを襲おうとした男たちの誰かの母親がこのおばさんなのだろう。おばさんが余計に傷つかないように優しい嘘をついて……いい子だなぁ。


「謝ることはねぇさ。あいつらはろくでなしだ。親より先に死んじまうヤツは最低さ。……まぁ、あんたが気に病む必要もないよ。それより、あんたも冒険者かい?」


 言葉の端々に悔しさがこもるおばさんだが、それを追い払うように首を振ってから俺に声をかけてきた。


「あ、自分はただの旅人で……森でたまたまマリーと遭遇した次第です。その時、マリーは他の魔物に追われていて」


 マリーと合流した経緯を説明しつつ、自己紹介もする。


「あぁ、そりゃ災難だったね。レックスさん、うちの宿に泊まっていってくんなまし。マリーも村に逗留している時には泊まってくれていたんだよ」


 どうやらこのおばさん、宿の主をしているらしい。それもこのスタル村で唯一の。……俺は正直マイホームがあるから宿をとる必要なんてないんだけど、村に宿が一か所しかないとなると話は別だ。どこで寝泊まりしているのかと怪しまれてしまう。宿に泊まるならと思って、一つ質問をおばさんにする。


「宿にお風呂ってありますか?」

「んぁ? あるよ。つってもデカい木桶に湯を注いだだけのもんだけど」

「それで十分です。場所はどこですか?」

「そりゃマリーに案内してもらいな。あたしゃ仕入れがあるからね。……そうだマリー、息子たちのギルドカードなんだが」

「はい、私が責任をもってフレッサギルドに届けます。冒険者が冒険者として生き抜いた証ですから」


 マリーの返答におばさんは目元を押さえながら離れていった。……俺はマリーに、いいのか? と質問をした。何に対しての疑問か、自分でも理解しきれていないのだが、聞かずにはいられなかった。

 ―――マリーは、しばらく黙ったまま立ち尽くしていた。その表情からは、何を思っているのか読み取れない。けれどマリーは俺にはっきりと告げた。


「これで良かったんです」


 俺がマリーにかけるべき言葉を考えている間に、マリーは宿の場所を説明を始めた。

 村の中心に広場があり、そこに大きな井戸があるという。その井戸から北東の方角に歩いて、四軒目に見えるのが宿だという。小さい村で道が整備されているわけでもないから、けっこうざっくりとした案内になってしまうという。まぁ、だだっ広い土地に家が点在しているというのが実際に見た印象だからな。


「では、レックスさん。行きましょうか」

「あ、あぁ」


 村の中を歩きながら、俺は周囲を観察する。のんびりと長閑な印象だが、子供もけっこう駆け回っていて、少子化なんて無縁そうだ。農村だし、やっぱり労働力として子供もたくさんいるんだろう。

 そしてわりと驚いたのが、衛生的だということだ。もちろん現代日本ほどではないにせよ、ゴミは散らかっているが不潔感はない。それに、子供たちの服装もけっこう身ぎれいな感じだ。軽工業がけっこう発展しているのか、服の造りがちゃんとしている気がする。その辺りは魔法の力も関わっているのだろうか。

 興味と感心が半々な感じで村を歩いていると、あっという間に宿へと着いてしまった。ドアを開けると、男性が受付をしていた。


「おう、マリーちゃんじゃないか。うちの息子どもはどうした?」

「実は……」


 この人はさっきのおばさんの旦那さんで、マリーがパーティを組んでいた男性の父親なのだろう。マリーが経緯を説明すると、男性は瞑目して深く溜息をついた。


「そうか、昔から素直に宿を継ぐようなやつじゃなかったが、そうか……。マリーちゃんも大変だっただろう、今日の宿代はいい。お連れさんとは同じ部屋でいいかい?」


 一晩同じ部屋で寝ておいてなんだが、咄嗟にその申し出を断ろうとした俺を制して、マリーが部屋を借りる手続きを進めてしまった。

 木製の鍵を受け取って部屋に向かうマリー。その後ろに付いていくと、


「部屋、ここです」


 そう言って扉を開けてくれた。マイホームより確実に広く、六畳ちょっとはありそうだ。冒険者相手だからか、ちゃんと武器を置くスペースや防具をかけておく人形みたいなものもあった。


「同じ部屋で良かったのか? なんなら、俺はマイホームに籠るが」

「いえ、一人になると、命の危機とか、貞操の危機とか、あとはこれからの不安とか、いろいろと押しつぶされちゃいそうになるので……だから、一緒にいてください」


 マリーの言葉に、俺は一瞬固まった。いかん、この子はまだ精神的に不安定になっているようだ。しっかり支えてあげないと。


「分かった。まぁ、ベッドは二つあるもんな!」


 防具を外しながらも、ベッドがちゃんと二つあることを確認し、一安心した俺の心を一瞬で揺らがせる一言をマリーは放った。


「じゃあ、一緒にお風呂へ行きましょう?」

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