012 お風呂での攻防

「じゃあ、一緒にお風呂へ行きましょう?」

「……え?」


 思わず聞き返す俺に、マリーは笑顔を浮かべたまま再度言った。


「お風呂、行きましょう?」


 俺は、混乱している! 落ち着け、これはきっと何かの間違いだ。だってほら、まだ出会って一日しか経っていないし普通は嫌がるだろ。たとえ命の恩人だからみたいな補正があったとしても、流石に出会って一日で肌は晒さないだろう。風呂に行くってことは裸のお付き合いってことだし、つまり、あれだよな? うん、まずは確認しよう。


「あのー、マリーさんや?」

「はい?」

「もしかして、混浴……ですか?」

「一つの木桶に一人で入るので、厳密には混浴ではないですよ?」


 そういう問題なのか。いやでも脱衣所とかどうなってるんだ? もし木桶が並んでいるとしたら普通に裸見ちゃうよな。どうするよ、どうしたらいいんだよ。


「木桶がいくつか並んでて、そこに一人ずつ入るのはなんとなくわかったけど、服を脱ぐところって男女別々か?」

「いいえ。レックスさん、気にし過ぎじゃありません?」


 え? 俺が気にし過ぎ? これもまたこっちの世界なら当たり前なのか? まじまじとマリーを見て、裸を想像してしまう。十六歳のみずみずしい柔肌、無垢で真っ白か、はたまた冒険での傷跡があったとしてもそれはそれで……。


「いやいや、ダメだろ。マリーは女の子なんだからさ、男と一緒に風呂に入るのはまずいだろ」

「レックスさんは私の事、女として見てくれているんですね」


 くっ、しまった。墓穴を掘ってしまったか。いや待てマリーは十六だぞ、このくらいの年齢の子にそういう感情を抱くわけがない。だがそういう感情を抱かないのなら裸を見ても問題ない。問題があると思っているということはつまり……。


「大丈夫ですよ。むしろレックスさんが私のこと、女と思ってくれているなら嬉しいですもん」


 流石にこのシチュエーションで何でだよと聞けるほどメンタルが固くない俺はおとなしく白旗を上げてマリーとともに脱衣所に向かった。

 マリーが服を脱いでいる間、俺は必死になって目を逸らす。幸いなことに、木桶がいくつも置いてあったので、俺はかけ湯をしてそそくささと桶の中に入った。桶というか樽に近い気がするけど、日本酒とか醤油を作る時に使うあれは桶だったはずだから、いいのか。大人は一人、子供だったら二人は入れそうなサイズだ。

 ほどなくして、マリーが俺の横にある桶に入る。


「ふぅ~、気持ち良いですね」


 マリーの声が聞こえてくる。俺の視界にはマリーの姿はない。ただ声だけが聞こえる状態だ。


「あ、あぁ。そうだな」


 マリーの方を見ないようにしながら返事をする。変に意識しないようにしなければ……。


「私、レックスさんに助けてもらって本当に良かったです。こうして生きて、ご飯を食べられて、お風呂にも入れるなんて、夢みたいです」

「大げさだな。まぁ、今日はゆっくり休んで明日から頑張ろう」


 そう言って励ましてみたのだが、マリーからの返答はなかった。


「マリー?」


 不思議に思って横を見ると、そこにはマリーがいた。正確にはマリーが全裸で立っていた。ふっくらとした乳房も、水をはじく腹部も、そしてその下も……。


「……」


 言葉を失っていると、マリーは少し頬を赤らめて言った。


「あの、恥ずかしいんであんまりじろじろ見られると困ります」

「ごめん!」


 慌てて顔を背けると、背後から笑い声が聞こえてきた。


「ふふ、びっくりしましたか?」


振り返ると、いたずらに成功した子供のような笑みを浮かべるマリーがいた。もう木桶の風呂に入っていて肩から上しか見えない。


「心臓に悪いわ!」

「すみません。どんな反応をするんだろうって思っちゃって。そういえばレックスさんって何歳なんですか? お兄さんなんだろうなとは思っているんですけど、何歳離れているんだろうって」

「……25歳だけど?」

「その、言いにくいですけど25歳なら女性の一人や二人、抱いていてもおかしくないのでは?」


 言われてぐっと押し黙る。こっちの世界で人間の寿命って何年くらいなんだろう。もし、五十年くらいだとしたら? 二十五歳は人生の折り返し地点、日本で考えたら三十代後半くらい……その年で、未経験ってわりと危ういのでは? 何がって聞かれると困るが、人間性とか社会性とか……?


「私、本当に初めてがレックスさんなら嬉しいですし、レックスさんも初めてなら……その……」

「ストップ! それ以上はいけない」


 これ以上は聞いてはならないと思い、話を遮った。こちらの本気を表すために恥ずかしいけどマリーに体を向けて言い放った。しかし、マリーは止まらなかった。


「だから、私は構いませんよ。レックスさんさえ良ければいつでもどうぞ?」

「えっと、マリー?」

「はい?」

「俺が言うのもあれだが、もう少し自分を大事にな? マリーなら初めてを急ぐ必要もないだろ。もっといい人を見つけてくれよ」

「むぅ、またそれですか。でもレックスさんは私を女として見てますよね」

「いや、だって……。うーん、ほら、マリーはまだ若いんだしこれからいくらでも出会いがあるだろ? 俺なんかよりもずっといい男が見つかるって。第一、もしマリーが妊娠して子供を育てるってなったら、マリーの両親を買い戻すための稼ぎはどうするんだよ」


 さすがに両親の件を言えばマリーだって納得せざるを得ないだろう。


「……確かに、それもそうですけど。でも、私は両親のことも自分の幸せも諦めたくない。レックスさんは私のこと嫌いですか?」

「そ、その聞き方は困る……。なぁ……いい、先に出る」


 俺は木桶にかけていた布で股間を隠しながら風呂を出た。……この猛りを見られたら説得力を全て失うからな。

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