第1話:忘れられた旋律

 首都ルフトキンダーから汽車で三時間。

 戦前、富裕層の保養地としても知られた町、シェルハールは、戦後、負傷兵を癒す憩いの地となっている。平地でありながら源泉湧き出る温泉地としても知られ、また、

 フリーゲル軍が激戦区トゥルムより、数百に渡る負傷兵を首都のルフトキンダーの大型医療施設から遠ざけたのは、彼らが身分ある兵士ではないと首都への帰路途中で放り出され、実に三分の一は負った致命傷で死を迎え、身元が明かされないまま命を落とした兵士がいた。

 かつて保養地として栄えたシェルハールの様相も、あふれる兵士たちにより変わっていった。

 医療従事者として、医療学校を卒業した若い見習いのかつての女生徒たちはフリーゲル各地から首都に召集されたが、数日後には戦線激化の末、フリーゲル軍は降伏を受け入れ、敗北。

 着任早々に解雇されたのだ。

 無論、地元に戻った者も多い。しかし郊外に教会を改築した軍事医療施設の募集広告が、タイミングよくルフトキンダーの駅前に貼り出されていた。十分な金銭を持たない彼女たちは、流れるようにシェルハールに辿り着いたのである。

 カテリナ・コーネリアもそのうちの一人である。

 先日、二十歳になった彼女は、結い上げた長い亜麻色の髪を解いて宿舎への帰路についた。

 隣接している工場にベッドを並べて増設したシェルハール総合病院から、大通りを抜けた先にある、かつての宿屋は総合病院に勤める看護婦たちの宿舎になっている。一人で住むには十分な広さの部屋で、一応男子禁制かつ門限つきであるが、学生時代のようにそれを守る者は少ない。

カテリナは、宿舎前のカフェテリアを避け、パブへと立ち寄ることにした。

 シェルハール出身の資産家が教会に投資してからというもの、医療施設は充実したものとなり、十分な治療と休息を経て故郷へ帰る兵士も増えた。その一方で酒に溺れる者もおり、パブはその溜まり場となっていた。

————もうカフェは閉まっているだろうし。

 夜遅くまで居残ることが当たり前となったカテリナは、固パンをかじって誤魔化していたが限界である。

 高いとは言えないその身長を少しでも高く見せるためのヒールブーツでかつかつと石畳の上を歩き、海碧色シー・グリーンの目で並ぶ街灯を見上げて歩いた。

 上品とは言えないが明け方まで開いているそのパブは、かつての兵士たちで溢れかえり、煙草のための掛けでテーブルを囲い麦酒をあおっていた。

 扉越しからでも分かる男たちの大声と酒のニオイ。女一人では入りづらい。カテリナは警戒したまま店内を見渡した。カウンターと十数のテーブル、そして店の奥は薄暗くよく見えない。

 酒を煽る男たちがテーブルを占領する中、カウンターでたった一人座る女性がいた。

————良かった、女性客もいるんだ。

 髪紐で結わえたローズマダーの長い髪。

———綺麗な人。

 彼女はすく、と立ち上がり、パブの奥のステージにあるピアノの椅子に座った。雇われのピアニストだろうか。

 カウンターに座れば彼女のシルエットがよく見える。長い前髪から覗く太陽の光を閉じ込めたような琥珀の瞳。カテリナよりも少し若く、体は華奢だ。

「あれ………?」

 女の人、なのか。白シャツに黒いスラックス。スラックスを履く女性は少なくないが、体のラインが女性のそれではない。少年、なのではないか。カテリナはその女性から目が離せなかった。

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