こころのみちしるべ
110108
フラマリオン編
001.『課せられた自由』
「この果実を食うか、片腕を切断されるか、どちらか選べ」
少女はその選択を突き付けられて恐怖に
「嫌だ…食べたくない…」
少女の左には小さなテーブルがあり、その上には皿に乗せられた一つの赤い果実があった。一方右には人間に倍する
「食わなきゃ腕を斬り落とされるんだぞ? いいのか?」
先ほどから少女に問いかけているのは少女の正面に
「食べたくない…。食べたら苦しい…。つらい…」
小さく嘆息した目の前の怪物は再び少女に問うた。
「腕を斬り落とされた方がマシか?」
彼女はその痛みを想像し顔を苦痛に
少女の正面の怪物は視線を右に移した。その視線の先には少女と同じように十字架に
「おい男。お前はどうする?」
男の左にも赤い果実の乗った皿とテーブルがあり、右には斧を持った灰色の異形が
「嫌だ…。どっちも嫌だ…」
そう弱々しく声を漏らした男の耳に怪物の冷酷な言葉が容赦なく降って来た。
「どちらか選ばなければ片腕を斬り落とす」
その痛みを思い出した男は顔をさらに
「あと三秒だけ待ってやる」
怪物の非情な宣告に男は目を見開いて恐慌に
「あぁ! 嫌だ! 嫌だ!」
男の呼吸は荒くなり、脂汗が顔中から噴き出た。
「三」
男は目を固く閉じていっそ果実を食べるべきかと思案した。
「二」
やっぱり食べたくない。そう思った男は目を開き歯を食いしばり、腕を切断される痛みを受け入れる覚悟をした。
「一」
その痛みを再び思い出した男は固く目を閉じ悲痛の
「わかった食べる!」
あの痛みを味わいたくない。そう思った男は勢い叫んでいた。それを聞いた怪物はにんまりと
「どうした。腕を斬られる方がマシか」
「さあ食え。吐き出したら切断だぞ」
「どうした、早く飲みこめ」
どくん。拍動が一つ高鳴り、男の世界が変転した。目を見開いた男は自身が急激に別の場所に転移させられ、自身の人格が強烈な力で大きく捻じ曲げられ、自身の視界が光のまったく届かない完璧な闇に染まる心地を味わった。男は
「あっ!! あっ!! あっ!! ぅあ…!!」
「さて、次はお前の番だぞ」
上から降って来たその低く太い声に我に返った少女は悲痛に顔を
「果実を食うか、腕を切断されるか、選べ」
少女は息を荒くしながら自身の右腕と斧の鋭利な刃先の
「嫌…」
「腕を斬られる方がマシか?」
その痛みを再び思い出した少女は悲痛の
「あと三秒で決めろ」
少女は息を荒くした。嫌だ。嫌だ。
「三」
「お願い許して…」
「二」
「お願い…!!」
「一」
「嫌あああああああ!!」
「零」
灰色の異形は体の向きを変え斧を振りかぶった。少女は顔を
——バキッ
骨の破砕音と斧が木製の十字架に食い込む音がほぼ同時に鳴り響き、それに続いて少女の悲鳴にもならない
翌日、灰色の異形に連れられて少女と男は昨日と同じ広く暗く冷たい部屋に来た。今日も繰り返される
「腕の調子はどうだ?」
怪物から掛けられたいつもの問いに少女はうつむきながら答えた。
「治りました…」
「そうか。お前は結局最後まで果実を食わなかったな」
今日もいつもと同じ言葉で選択を迫られ、いつもと同じ拷問を受けるものと思い込んでいた二人は、巨大な怪物が今までに一度として発したことのない言葉を聞いて、呆然と顔を上げた。
「果実はお前たちがビュルクと呼ぶ集落の森にある」
怪物の言葉が理解できない二人はひたすら戸惑いながらそれを聞いていた。
「
「俺たちはお前たちがムーングロウと呼ぶこの世界から去る」
二人はその言葉を理解するのに時間を要した。まだ理解の追いつかない頭をもてあましながら男が怪物に問うた。
「私たちはどうしたら良いのでしょうか…」
怪物は事も無げに言い捨てた。
「それはお前ら人間が勝手に決めろ」
男はうろたえた。
「そんな…」
怪物は男の
「これだけは覚えておけ。果実を食い、絶望を乗り越えろ。そうしなきゃお前たちの悲しみの
男と少女は
「お前たちがどんな方法でそれを断ち切るか楽しみだよ。まあ、俺はうまくいくとは思わねえけどな」
すると怪物の背後に赤い光が
「待ってください! あなたたちがいなければムーングロウは治まりません! 行かないでください!」
怪物は首を振り向けた。
「これもあの女が決めたことだ。まあお前たちがどうなるかあっち側から見物させてもらうよ」
そう言い置いて怪物はのそのそと亀裂の中に体を進めて行った。二人を部屋へ連れて来た二体の異形もそれに続いた。三体が亀裂の「向こう側」に収まりきると、それを潮に亀裂は狭まり、ぴたりと閉じ合わさってそれとともに赤い光も収束し消えた。冷たく広く無機質な部屋にはいつもの暗さが戻り、静寂が満ちた。少女がその小さな口を開きそれを破った。
「これからあたしたちどうすればいいの…?」
誰にともなくぽつりと投げられた問いに、男はぽつりと答えた。
「わからない…」
異形の生物たちから自由になった二人は、再び静寂に覆われた部屋でその自由をもてあまし呆然と立ち尽くした。
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