006.『闇に咲く光』4
三人は噴水のある大きな広場に出た。広場の少し先にはこの街で見た中でもっとも大きな四角い建物があった。おそらくこの辺りはこの街で最も栄えた場所なのだろうと少年は思った。神楽はそこで足を止めた。少年が彼女の横顔を見ると、彼女は広場の一点を見ていた。そこには三人の若者がいた。一人は細い眼鏡の男性だった。一人は眼鏡の小柄な女性だった。一人は金髪の細い女性だった。三人は広場を歩きながらこんな会話をしていた。
「寝不足で授業集中できないよ」
そう言ったのは細い眼鏡の男性だった。それに対し眼鏡の小柄な女性が皮肉を言った。
「また武器オタクのリビエラは武器に関する文献漁ってたんでしょ? まったく物騒だこと」
するとリビエラと呼ばれた細い眼鏡の男は
「武器研究は物騒なんかじゃないぞ! 平和のための研究なんだ! そういうオーガオタクのエレノアだってオーガの研究してるだろ? そっちのがよっぽど物騒だよ」
するとエレノアと呼ばれた小柄な眼鏡の女性は
「あたしはオーガオタクなんじゃなくて、歴史オタクなの! 歴史だって平和のために学んでるんだから!」
するとその会話を聞いていた金髪の細い女性が言った。
「医療の研究をしてるあたしからすればリビエラもエレノアも物騒よ。まったく、平和を
するとリビエラはそれに反論した。
「レティシアの場合専攻は平和な学問だけど、内面がサイコパスでドSなところがあるから性格が物騒なんだよ」
するとレティシアと呼ばれた金髪の女性は怒りに顔を
「サイコパスはあんたでしょ武器オタク!」
だがリビエラは平気な顔をして澄ましている。するとエレノアが何かを見つけて嬉しそうな声を出した。
「あ! ルナちゃんだ!」
彼女は広場の一角を指差した。そこには二十人ほどの人だかりがあり、その中心にはダンスを
「ほんとだ!」
リビエラはそう言ってエレノア同様目を輝かせると、人だかりの方へ走って行った。エレノアもそれに続いた。レティシアも二人を追った。
「ちょっと待ってよ」
三人は人だかりに合流すると食い入るように女性のダンスを眺めた。三人は同様に目を輝かせていた。若い女性は数名の楽団の演奏に合わせ、きらびやかな装飾を施した扇情的な衣装を
「あんたはルナちゃんのダンスよりルナちゃんのエロい体が見たいだけでしょ?」
先ほどのお返しとばかりにレティシアがリビエラに皮肉を言った。顔を赤らめながらリビエラは反論した。
「ば、ばかいうな! 俺は芸術としてダンスを
そこへエレノアが皮肉っぽい口調でリビエラに追い打ちをかけた。
「まあでもわかるけどねー。あの面積の狭い布! もはや下着よりも狭い! がっつり露出した白い肌! そしていろんなところに付いたヒラヒラやキラキラの装飾! あの腰をくねくねさせるエロい動き! 細いながらも出るとこ出てるナイスなばでー! 何よりあんなエロいかっこでエロいダンスを踊るとは思えない美しくもあどけない整ったかわいいお顔! あんなのを健全な男子が見たら一発で
リビエラはさらにムキになって否定した。
「だからそんなんじゃないって!」
そんな光景を眺めていた神楽がぽつりと言った。
「踊っているのはルナ」
少年は神楽の横顔を見た。
「他の街の出身ですが、たまにこうしてこの街にやって来てみんなに踊りを
神楽は視線の向きを少し変えた。
「先ほどしゃべっていた三人はアカデミーの学生です。フラマリオンは学問がムーングロウで一番盛んな街です。
男性はリビエラ。武器や戦争について学んでいます。とっても真面目で正義感が強くて、この小国家であるフラマリオンを守るための戦術や兵器を考案して自警団に入るのが彼の夢です。
眼鏡の小柄な女性はエレノア。歴史学を専攻しています。とっても好奇心が強くて、ムーングロウの歴史をまとめた歴史書を作るのが夢です。
金髪の女性はレティシア。ちょっとツンツンしたところはあるけれど、本当はすっごく優しい子です。
少年は街の人々のことを語る神楽に深く感心した。この街にどれだけの人がいるかわからないが、きっと全員のことをこんな風に細かく覚えているのだろうと少年は思った。
「みんな戦争があるからこそ、強く明るく生きるんです」
その一言を聞いて樹李が先ほどしていた戦争の話の続きを神楽はしているのだと少年は気付いた。
「悲しみを乗り越えて、すぐそこにある恐怖を力を合わせて
神楽の言う通り、往来や街並みや人々の様子に戦争の暗い影はなかった。神楽は本当に誇らしそうに少年に笑顔を向けた。
「素敵でしょ?」
神楽が街のみなから
「はい」と少年は素直に返事をした。
「神楽様、こちらにおいででしたか」
背後から若い男の声がして振り向くと、そこに制服然とした白い衣服に身を包んだ男がいた。神楽も振り向くと、その男に挨拶をした。
「リヒト、見回りご苦労様です」
男は神楽に
「彼はリヒトです。この街の警備を務めてくださっています」
リヒトは少年にも
「初めまして、リヒトといいます」
いたずらっぽく樹李が言った。
「この街の自警団長であり、神楽様を守る
リヒトは少しだけ照れくさそうに苦笑いした。少年がリヒトの目を見るとそこには戦いに身を置く者の覚悟と
「この子記憶を失くしていて自分が誰だか覚えてないんだ」
それを聞いてもリヒトは特に気にした様子もなく応じた。
「そうでしたか」
少年は彼が腰に剣を帯びていることに気付いた。そこに覚えた少年の緊張を知ってか知らないでか、リヒトは「君も一緒に騎士としてこの街を守らないかい?」と冗談めかして
「僕は、そんな、役に立たないです…! 子どもだし…」
それを聞いたリヒトはさわやかに微笑んで少年を
「そうか。でもね、大切なのは体の大きさじゃない。心のあり様だ」
その言葉は冗談であるともそうでないともとれる響きをもっていた。
「心の…あり様…」
少年はその言葉を
「そう。心だ」
リヒトは広場に目を移した。
「この街の人々と同じだよ。
少年はそう言い切るリヒトを羨望に近い眼差しで見上げた。
「お互い精進しよう。いずれ君の力を借りることがあるかもしれない。君も俺の力が必要なときにはいつでも俺を頼ってくれ。喜んで手を貸そう」
そう言ってリヒトは握手の手を差し出した。少年は恐縮しながらその手を取った。リヒトは見回りがあるからとその場を辞した。
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