第13話 合ってそうな二人
再度、俺が飲み物に口をつけようとしたところで、何か思いついたかのように河野は顔を上げて俺をじっと見つめる。
何か言いたげな視線を向けること十秒、彼女はいつもと変わらない表情でようやく口を開いた。
「……どう見えてるのかな、私たち」
「なにが?」
「ほら、窓の人たちとかにさ」
「……だから何が?」
「うーん……ま、いっか」
このやり取り中、河野に大した表情の変化もなかった。
そして、彼女は一方的に話を終わらせると、スマホをいじりだした。
「…………何か良く分からないけど――ぁ」
彼女の話し方からして、重要なことではないのだろう。
そう思っていたが、俺は言葉に詰まってしまい、手に持っていた飲み物を机に置いた。
思い至ってしまったのだ。
先ほど、自分自身で飲み込んで切り捨てた問いに。
「…………まぁ、大丈夫だろ」
「…………?」
俺の捻りだした言葉に、今度は河野が不思議そうな表情を浮かべる。
そんな彼女の表情を直視することはなんだかできなくて。
「恋人を装えているから、安心しろ」
視線を机に向けて、それだけ告げると俺もスマホを手に取る。
数秒後、俺の前方から控えめな笑い声が聞こえてきた。
「ふふ……やっぱり高宮はいいね」
「なんだそれ」
「なんだろうね」
次に何を言えば分からないやり取りの間を埋めるため、手元のグラスから十分に潤っているはずの喉に飲み物を流し込む。
「ちなみに、どういう恋人に見えてると思う?」
思わず咽てしまいそうな問いかけが対面から飛んでくる。
俺は口に含んでいた飲み物を、喉を鳴らしながら飲み込んだ。
「分からん」
「ちょっとは考えてよ」
「うーん、そう言われてもなぁ……そもそも恋人に種類ってあるのか?」
「えー、あるでしょ」
「例えば?」
うーん、と軽く腕を組みながら、わざとらしい悩み方をする彼女。
きっと彼女の中にはそれっぽい答えがあるのだろうが、それ以外の例を頭から絞り出しているのだろう。
「いつも一緒にいそうな恋人とか、単語だけで会話成立しそうな恋人とか、バカップルそうな恋人とか?」
「おー…………」
いつもみたいに「わかんない」みたいな会話の流れを投げるような返答が来ると思っていたら、案外まともな例が返ってきて感嘆の声が漏れる。
「それで、高宮はどう思う?」
自分は答えの例を出したぞと言わんばかりに、彼女は再度問いかけてくる。
俺たちがどう見えるか、か……。
ただの男女二人組が放課後にファミレスで向き合っている。
会話はするけど、静かな会話。
互いに顔を見合わせることもあれば、お互い手にはスマホを握っている。
「まぁ、典型的な若者カップルって感じか?」
「……………………どういうこと?」
「いや、スマホいじって顔合わせないし会話も盛り上がってない。これは現代の若者同士だろ?」
「たしかに」
一度は俺の答えに首を傾げた河野だったが、軽く説明すると理解してくれる。
(納得してくれて良かった……これで納得してくれなかったと思うと……)
河野は変に押しが強いところがあると、これまでの関りからなんとなく理解し始めていた。
俺はこうした変な質問で、彼女が納得してくれないと面倒だと思っていたので内心安堵する。
「私はね――」
「その前に飲み物取ってくる」
「あ、うん」
何か話し出した河野に断りを入れて席を立つ。
まぁ重要な話はしていなかったし、俺の飲み物空っぽだし。
ドリンクバーの前に立つと、先ほど注いだ白ブドウのボタンが目に入る。
俺はあえてその上のコーラをグラスに注ぎ、席に戻る。
「……どうした?」
俺が席に戻ると、河野が少し不満げな顔を浮かべていた。
「高宮のそういうとこ、よくないと思う」
「………………それより、さっきの話の続きをどうぞ」
「はぁ……」
なんとも微妙な空気になった俺たち。
「私はね、口数が少ないけど波長が合ってそうな二人だと思う」
しかし、そんな雰囲気になっても河野は先ほどの話の続きをする。
俺は、そんな彼女の神経が理解できず、少し呆れたような表情になってしまう。
「波長、あってるんすかねぇ……」
河野と出会ってから、振り回されてばかりな気がする。
少なくとも、俺が彼女の言動を理解できた回数より、困惑した回数の方が多いだろう。
「ふふ、合ってそうなだけだから」
彼女も波長が合ってるとは思っていなかったのか、どこか自嘲気味だけど少し楽しそうな笑みを浮かべる。
「ふっ……」
彼女の表情を見て、ほんの少しの笑みと息が漏れる。
分かっていないようで、きちんと理解した発言。
伝わらないようで、実は伝わる行動。
そんな彼女らしさが、どこか俺にもわかるようになってきた気がした。
「うん、やっぱり高宮はそういう顔が似合うよ」
「……なんか河野に言われると馬鹿にされた気分だ」
「えー、そんなつもりないのに……」
時間にして三十分くらいだろうか。
俺たちはファミレスで他愛もない言葉を交わした。
気づかぬばかりは当人ばかり。
そんな言葉があるように、俺たちは気づいていなかった。
互いに自然な笑みを浮かべ、盛り上がっているわけではないけど決して息苦しくない空間を共に過ごしていたことに。
ファミレスで向き合って会話をする俺たちは、傍から見れば恋人そのものだったということに。
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