第14話 これまでとは違った帰路


 カランカランと、退店を告げる音色と共に、俺と河野は太陽の下に再び晒される。


「暗いね、空」


「そうか? まだ明るい方だと思うけど」


 時刻は十七時に差し掛かろうとしていた。

 本当はもう少し早くファミレスから出る予定だったが、思いのほか河野との会話が続いてしまい、こんな時間になった。

 といっても、ようやく空が茜色になってきたかなといったところで、まだまだ辺りは明るい。


「うーん、明るいけど、こういう時間の方がなんか怖くない?」


「なに、怖い系の話?」


「怖い系の話」


 確かに、逢魔おうまときと呼ばれる時間帯ではあるが、河野はもっと別のものに怯えるべきではないだろうか……ストーカーとか、ストーカーに。

 俺は心の中でそんな悪態じみたことを思ってしまうが、変に彼女を怖がらせるのも悪いと思い、口をつぐむ。


「河野は怖い系、結構好きなの?」


 ファミレスから帰り道に戻り、歩き始めると俺は彼女に他愛ない問いを投げかける。


「まぁ普通?」


「普通かよ……」


「高宮は?」


「………………いや、俺も、まぁ普通だけど……」


「え、なに、苦手なの?」


 俺の反応にやたらと食いついてくる彼女。

 俺の顔を見上げる彼女の表情はどこか楽し気で、それは俺にとって由々しき事態であった。


「いやいや、別に苦手とかじゃないけど?」


「えー、それは嘘だよ」


「いやいや」


「良いよ、隠そうとしなくても」


「いやいや」


 俺は必死に彼女の中に生まれた誤解を解こうとした。

 しかし、俺が口を開けば開くほど、それは難しいものになっていく気がした。

 必死に弁解している俺に対して、何故か河野は楽し気な様子だし。


「高宮のこと、また一つ知れたし」


 隣からそんな呟きが聞こえたところで、俺自身、少し冷静になれた。


 別にこれを知られる相手が、智也や北条ならあまり気にしなかっただろう。

 だけど、何故かはわからないが、河野には俺の弱みを知ってほしくなかったのだ。

 

 少し冷静になったからか、先ほどのような焦った声色ではなく、いつもの会話のようなテンションで彼女に話しかける。


「怖い系というより、昔から驚かす系が苦手なんだ……幽霊とか、存在したらそれはそれで良いし」


 怪談は平気だといった旨を吐き捨てるように発言すると、河野は悩むそぶりを見せる。


「驚かす系かー、何が良いかな……」


「おい、何を考えてる」


「んー、別に? …………そうだ、今度遊園地行かない?」


「行かないし、お化け屋敷には絶対に行かない」


「えー……」


 しばらくこの話題を続けていた俺たちは、気づけば河野の家の前に到着していた。


「――っと、到着か」


「――はやいね」


「はやいって、まぁファミレスからここまで妥当な時間だと思うけど」


 分かってる。

 河野が言いたいことは、そういうことではないと。

 だけど、今日は俺も一緒になって彼女の意見を肯定するわけにはいかなかった。


(俺たちは偽の恋人関係なんだから、線引きは大事にしないと)


 今日はが少し曖昧になった気がしたから、せめて抵抗しなければ。


「それだけ、いい時間だったってことだよ」


 そんな俺の気持ちを知らない河野は、しっかりと言葉にして俺に伝えてくる。


「あー、いいからさっさと家に入れ」


「はーい……また明日」


 互いに一緒に過ごす時間を惜しまないような、端的な別れ。

 それすらも、今日という一日においてはスパイスになり得る。


 これまでとは違った、少しだけ違った、そんな帰り道。

 昨日までお互いの間に建てていた壁が一つ取り払われてしまったような、なんとも形容し難い時間だった。


「俺も随分と杜撰ずさんな態度を取るようになったな…………『おい』とか、『お前』、とか言ってたし」


 一人きりの帰路で、俺は呟く。

 

 一度曖昧になって、これまでよりも近づいてしまった彼女との距離感。

 それは、きっと元には戻らないのだろうと、俺は心のどこかで察していた。

 明日はどうなってしまうのか。

 明後日は平気でも、その先は?

 帰り道、俺の頭の片隅にそんな疑問符がこびりついて離れなかった。

 



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