第12話 分かり合えない


(……でも、流石に偶然、というわけではないんだろうな)


 思い返すのは、職員室を出るときにバッタリ神崎に出くわしてきたときの眼光。

 それに、今朝の鋭い睨み付け。


 あまり他人が何してようが気にしない俺でも、流石に神崎の行動は不可解で気にしてしまう。


 本人に直接事情を聴くことが一番手っ取り早いだろうが、そんなことをした日には無事に家に帰れるか分からない。

 神崎が喧嘩強そう、という訳ではないが、神崎ほど目立つ存在なら腕っぷしに自信のある人が人脈にいてもおかしくない。


 さて、これからどうしたものか。


 考え事をしながら、放課後の昇降口で外履きへと履き替える。

 そして、外履きを履き替えたところで、昇降口前で一人立っている女子生徒に近づく。


「…………おっす」


 視界の左隅には、最近よく見るようになった眼鏡と顔があった。

 俺の決して大きくはない声が無事に河野の耳に届いたのか、俺と目が合う。


「…………ん、行こっか」


 河野は小さく返事をし、そのまま歩き出す。

 彼女に置いて行かれないように、俺も少し大きめの歩幅で彼女の横に並び、一緒に歩く。


「…………」


「…………」


 俺たちの間には、しばらくの沈黙が流れる。

 それはここ数日の通常運転だった。


 学校から出てすぐはあまり目立たないように。

 それは、俺たち二人で決めたルールだった。


 しかし、そんなルールも五分も歩くと適応外になり。


「……あのさ」


「――ルールいらないね、誰も気にしてないし」


「お前が言い出したんだろ……」


 二人で二回目の下校をしたとき。

『高宮に迷惑かけたくないから』

 そんな河野の言葉から始まり、三つのルールが制定された。


 俺たちの関係は友人にも家族にも秘密にすること。

 学校では極力普通に接すること。

 下校し始めてから、目印にしたファミレスが見えるまで無言。


 三つ目のルールについて、俺たちは顔を見合わせてその必要性を疑う。


「じゃあ今日からは無し。ルールは二つ」


「了解…………って、急に立ち止まってどうした?」


 俺が歩きだしても、隣に彼女が並ぶ気配がない。

 俺は身体を半身にして、俺はおそらく後方にいるであろう彼女の方へ振り返る。


 俺が振り返ると、彼女もそれを待っていたかのように、視線がぶつかり合う。


「ルール改定記念、ってことで」


 そう言って、俺たちが解散する目印である、目の前のファミレスを指さした。


***


「俺、ドリンクバーだけでいいや」


 河野に言われるがままファミレスに入ったが、今何か食べると夕飯が入らないと思い、申し訳程度にドリンクバーのみを頼むこととした。


「うーん……どうしよっか」


 俺とは対照的に、目の前でメニューとにらめっこをする河野。

 ページをめくっては、戻って。

 そんなことを何回か繰り返した後に、よし、という声と共にメニューから顔を上げる。


「店員さん、呼ぶけど良い?」


「ああ」


 俺の了承を得ると、河野はベルで店員を呼ぶ。

 時刻がまだ四時過ぎということもあってか、数十秒もすると店員が注文を聞きに来た。


「ドリンクバー、二つで……以上で」


「かしこまりました……ドリンクバーはセルフサービスとなっておりますので、あちらからご自由にお取りください」


 そう言って、店員は伝票を置いて奥へと引っ込んでいく。

 

「頼むの悩んでたけど、ドリンクバーだけで良かったのか?」


 俺に遠慮しなくてもいいのに。

 そんな意味合いを込めた視線を言葉と共に、河野に投げかける。

 すると、俺の言葉にどこか困った表情を浮かべる。


「別にそういうつもりじゃなかったけど……なんか良いじゃん、メニュー見て悩む時間って」

 

 彼女はそれだけ告げると、飲み物を取りに席を立った。


 やっぱり、彼女は全くもって理解することができない。

 もはや理解しようと思うことが間違いとすら思えてくる。


(……そもそも、なんで俺はこんなに彼女のことで頭を悩ませているんだ)


 俺たちは偽の恋人関係。

 ストーカー被害を防ぐために一緒にいる……肝心のストーカー様はゴールデンウィーク初日にしかいなかったようだが。

 この問題が解決する見通しは立っていないが、いつかは彼女との関係が終わり、他人に戻る。

 それなら、こんなに悩まなくて気軽に適当に接すればいいのに。


「おまたせ……って、何か悩み事?」


「ああ、まぁ……」


 適当に返事をして、河野と入れ替わるように席から立ち、飲み物を取りに行く。

 何となく、白ブドウジュースをグラスに注ぎ、元居た席に戻る。


「あ」


「……どうした?」


 俺が手に持っていたグラスを机に置くと、何かに気づいた様子の河野。

 もしかして、ストーカーが近くに――


「お揃い、白ブドウ」


「………………別になんでもいいだろ」


 俺の心配は杞憂であり、彼女はどうでもいいことを口にする。

 思わず零れてしまいそうになったため息をぐっと飲みこみ、席に腰を下ろす。


「えー……」


 俺の態度にどこか不服そうな彼女を放置して、俺は窓の外に視線をやる。


 こんなに分かり合えない二人なのに、他の人たちから見たら恋人同士に見えるのだろうか。


 俺はそんな意味のない問いを、手元の飲み物と一緒に飲み込んだ。


 

 

 

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