第二十八話

 黒が本当に俺の事が好きで好きで仕方ないのだということが伝わってくる


 だがそれ故に、ますます疑問が深まるばかりだった



「そうか。お前がそこまで俺の事が好きだと言うなら、どうして今まで話しかけてこなかった?」


「そりゃあ勿論、話す機会がなかったからだよね。」


「いや違うだろう。そんなものはいくらでも作れたはずだ。例えばそうだな、昼休みとか放課後なんかはどうだ?それにそもそも、廊下ですれ違ったりすることはあった筈だぞ。」


「うん。確かにすれ違ってはいたかもしれないね。だけど君の顔を見るだけでドキドキしてしまって、とてもじゃないけれどまともに顔を合わせるなんてできなかったんだよ。だってほら、もし私が話し掛けちゃったせいで、せっかくのチャンスを逃してしまったりしたら嫌でしょう?」


 そう言って黒は少し恥ずかしげに笑みを浮かべる


 それは誰が見ても思わずドキッとしてしまいそうな魅力的な笑顔だったが、俺は特に何も感じなかった


 しかしまぁ、こいつは一体何が言いたいんだ?



「それで結局のところ、お前は何がしたいわけなんだ?」


 すると突然、それまで優しげな微笑みを絶やすことなく喋っていた黒が真顔になる


 そして真剣な眼差しを向けてきた


 その表情からは先程までの軽薄な印象は全く窺えない


 それどころかある種の覚悟のようなものさえ感じられるような気がした


 黒がゆっくりと口を開く


 まるでこちらの心を見透かそうとするかのようにじっと見つめながら言葉を紡いでいく



「巻君は本当に白ちゃんのことが好きなの?」


「ああ好きだぞ。大好きだ。愛しているといっても過言ではないな。だからこうしてわざわざ忠告に来てやったんじゃないか。あいつの彼氏としてな!」


 黒は俺の言葉を聞いて嬉しそうにしている


 だがすぐに何かに気付いたようにハッとした表情を見せた後、再びニヤリと口角を上げた



「へーそうなんだぁ。じゃあやっぱり私の方が先に出会っていれば私を選んでいたってことだよね?」


 ん?どういう意味だ? 俺の思考は一瞬フリーズしてしまう。


 黒の意図が全く読めないからだ。すると黒が言葉を続ける。


「だってさ、私はこんなにも巻君のことが好きだったんだよ?巻君と一緒にいられるなら何でも出来た。巻君以外の人は何も要らなかった。ずっと一緒に居たかった。なのに突然現れた白ちゃんのせいで、巻君の隣にはいつも白ちゃんがいるようになった。二人が楽しげに話している姿を見ていると胸が締め付けられた。まるで心臓が握り潰されているかのような感覚さえした。白ちゃんを見てると無性にイラついた。憎くてたまらなかった。でもそれと同時に羨ましかった。私もそんな風に巻君と接したいと思った。巻君は優しいからきっと白ちゃんのことも受け入れてくれるはずだから。それでもやっぱり悔しかった。だからある日思い付いたの、私も白ちゃんになればいいんじゃないかなって。そしたらもう何もかも上手くいくような気がして、その日から私なりの方法で頑張ってきたつもりだよ。どうすれば白ちゃんになれるか考えたり、白ちゃんと同じ髪型にしてみたり、白ちゃんが着ていた服や持ち物を買ったりしたの。そして色々試した結果、やっと白ちゃんになることが出来たんだ。あぁ凄く嬉しかったよ。これでようやく白ちゃんに追い付けたって思った。それからは白ちゃんになりきる為に、常に意識しながら生活するようにしていたの。口調とか仕草はもちろん、考え方までなるべく似せるように努めたわ。そうやって努力を続けた結果、今では完璧に白ちゃんになれていると思うの。多分だけど、この世で一番白ちゃんに詳しいのは私だと思う。だからね、私が白ちゃんなの。分かるかな?」


 黒は狂気じみた表情を浮かべながら淡々と喋った。


 俺は恐怖を感じた。


 黒は狂っていた。



「ねぇ巻君、どうして私だけを見てくれなかったの?白ちゃんばっかり見て。白ちゃんが好きなの?私のことは嫌いなの?教えてよ。早く答えないと殺しちゃうかもしれないよ。」


 黒は笑顔で言った。俺は怖くなった。



「落ち着け!とにかく一旦冷静になれ!」


「私は落ち着いてるよ?至極普通ですけど何か問題でもあるの?」


「お前は明らかにおかしいぞ!?」


「どこが変なのかな?具体的に言ってみて。」


「まずはそのカッターナイフを置け。」


「嫌だ。これは絶対に離さないし置いてあげない。それにまだ話は終わっていないよね?」


 黒は俺の首筋にカッターを当ててくる。


 刃先が皮膚に当たりチクッとした痛みを感じる。


 首から血が出ているのだろう。


 冷たい感覚がある。


 黒は笑みを崩さずに言う。



「さっきの話の続きなんだけど、何で白ちゃんばかり見ていたのか説明してくれるかな?」


「それは……。」


「やっぱり言えないんだ。ふーんそうなんだ。まあいいや。それより、私と付き合う気になったでしょ?」


「断る……!!」


「えっ?今なんて言ったの?聞こえなかった。もう一回言ってくれませんかね?」


 黒は苛立った様子で言う。



「断わると言ったんだ!!俺は白としか付き合わない!!!」


 俺の言葉を聞いた瞬間、黒の顔つきが変わった。


 先程までの穏やかな表情とは打って変わり、瞳孔が開いた目付きになっていた。


 黒は無感情に言葉を発する。



「へぇ……。なら死ねばいいよ。死んでくれれば諦めがつくから。」


 黒は手に持っていたカッターを俺に向けてきた。


 そしてそのまま俺の首を切り裂こうとしてきた。


 しかし、その直前で白の手によって止められた。

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