第14話 agua
私は昨日から気になっていることを、隣で飯を食っているバッシュに尋ねることにした。
「ここは砂漠だろう?どうやって水を供給しているんだ?」
「うちに丁度、治水専門の技師が来てるから、そいつに聞いてみると良いよ。これから属国に拠点を作るにあたって連れていくんだ……おい、シキ。こっち来いよ」
バッシュが呼びかけをすると、小柄で髪をおかっぱの形に撫でつけている少年が口に物を含みながらやってきた。
「オッサン、こいつがうちの治水のスペシャリスト、シキっていうんだ。うちとは結構付き合いが長くてさ。とりあえず明日の遠征に連れていく」
「んぐっ……水の供給はまさにオイラの専門分野でさ。仲良くしてなぁ」
そう言ってシキは小さな手を差し出してくる。私はその手を握り返し、質問する。
「こんな砂漠にどうやって水を引くんだ?そんなことが簡単だとは、私には思えないが」
「やることは単純だよ。水脈を掘り当てて井戸を掘り、水路を引くだけ。綺麗な水を豊富に確保することが出来れば、傷ついた戦士たちを早く治すことも出来るし、何より水を求めて他のコロニーと交渉する必要がないからな。井戸を掘るのは面白いぜ。場所によって水の効果が違うんだ。この『アルカサル』に供給されている水は腹の調子を整えてくれる。飲んでれば便秘や下痢とは無縁でいられる。それにどういう訳か長期保存しても全く腐った試しがないから、タンクに詰めて遠征に持っていくのには最適なんだ。他の採水地では別の効果が出るんだ。眼病に効いたりとか、傷の治りが早くなるとか色々さ。その水脈から取れた水を葛の茎と一緒に煮詰めると、その泉の効果を得られる薬が作れる。オイラはそれを戦士に供給してるのさ」
「しかし単純と言ったって、決して簡単な事ではないだろう?どうやってそんな技術を開発したんだ?」
「スノウが解読した古い文書の内容を再興させたんだ。オイラ二番技術隊に所属してるんだけど、そこでもう数えられないくらい実験を繰り返したんだ。ほら、あそこに地下倉庫が見えるだろ?」
バッシュが指さす先には長方形の大きな穴が開いており、その底には貨物がいくつも並べられている。使われていない物資の上にはシートがかけられている。
「あぁ」
「あの穴ぼこ、俺が一番最初の実験で空けちまったのを倉庫として再利用しているんだ。書物に書いてあった通りの爆薬の量で爆破したら、ドカン、じゃなくてドサァァァ、って音がして、なんか変だと思って地上に出てみたら、あのあたり一帯の地盤が崩落して大穴が開いていたんだ。後で分かったことだけど、砂漠の地盤は砂が押し固められているだけだから、他と比べると緩いみたいなんだ。実際の書物の技術は、もっとしっかりした岩盤性の土地で運用されていたんだろうな」
「なるほど」
「でも実験を繰り返して、今じゃ爆薬の量をミスることもないよ。もう砂漠の治水ならオイラにお任せあれ、ってなもんだ。オイラはこれまで50か所近い井戸と水路を掘る指導をしてきたよ」
シキは堰を切ったように水のことについて話した。初見の私にもこうするということは、彼は誰相手でもこうやって自分の興味のあることを一方的に喋るのだろう。私は彼の話し方に違和感を覚えた。私の道徳的規範の中ではそう言う喋り方は許されるものではなかった。私の知っている世界では、会話とはもっと相手に気を配るべきで、礼儀や作法に押し固められたもっと息苦しいものだった気がする。そう言う意味で私にとってシキの話し方は慣れないものだった。しかし不快ではなかった。
シキの話し方を咎める人はここにはいない。ここでは共同体が乱されることを恐れて、他人の会話の在り方を縛り付ける必要なんかないのだ。ここでは誰も他人に必要以上の興味を配ることもなければ、過度に自責的になって口を噤んだりもしない。皆話したいように話し、黙りたいように黙る。個として皆自由なのだ。
リュタンの戦士たちは例外なく、皆自信を持っている。スノウも、バッシュも、シキも。それは決して虚勢ではない、彼らはこれまで多くの成功を積み立ててきたに違いない。そんなものを若くして手に入れた彼らは、皆それぞれに強く、簡単には揺らがない。生きる意味を模索すること、自分の中に逆巻く憂鬱に苦しんだりすること、リュタンの戦士たちはそういったものとは完璧に無縁なのだと彼らを見ていると思う。私にはそんな彼らが眩しく見える。
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