第11話 ビーム
サメ頭のバッシュという青年はおよそ五分おきに私の所にやってきて、尿意が訪れたかどうかを聞いてくる。私はそれに対して例の瞬き式の合図で応答するのだ。自分の生理現象のことについて聞かれるのは最初は恥ずかしかったが、あまりにそれが繰り返されるものだったし、そもそも私はさっき服を奪われ、既に彼らに裸を見られている。そう考えるとその恥ずかしさも消えた。
バッシュの12回目の訪問の時、やっと私の尿意が暴行に満ちていた。私がそれを瞬きで合図すると、ここまで昇ってきた時のようにバッシュと一人の少年が私の身体を支え、トイレに連れて行ってくれた。
トイレまで向かう廊下には点々とドアが並んでいた。まるで幼児が描いたあみだくじのマスみたいに、雑然と部屋が並んでいるのだ。この拠点はモルタルづくりで、壁は打ちっぱなしになっており灰色の面が露出している。が、よく見ればそのコンクリートの色も区画によって少しずつ風合いが違う。おそらく、その時その時の必要性に応じて、接ぎ木をするように増築を繰り返してきたのだろう。
陰鬱な顔をした中年の男が焚火の傍でまどろんでいる。髪には白髪が混じっており、また額が後退しているせいで長細い顔をしているように見える。彼の右手には眼鏡が握られているが、そのガラス部分は皮脂でベタベタに汚れ曇っており、つるは曲がっている。このコロニーにいるのは少年たちばかりだと思っていたが、どうやら大人もいるようで私は少し安心した。私は未だに過去を思い出すことが出来ないでいるが、目に映る自分の肌の調子や声の張り、そしてこれくらいは生きているだろうというぼんやりした感覚の上では、私は自分の年齢がおよそ30歳から40歳の間にあるだろうことを自覚している。その年齢からすれば、眼鏡を大事そうに握っているあの男はおそらく私より年上であろう。このコロニーに居る人間は、初めに会ったあの老人の他は、ここに居るのは少年たちばかりだと考えていたが、そんなこともないらしい。
トイレは清潔だった。水はけをよくするために床にはタイルが張られており、清潔であった。私は少年たちに便座に座らされ排尿した。トイレは水洗であった。それはリュタンの厳しい規律を体現している。排尿すると小便と毒に混じって体温が流出していき、私は自分の意思で身体をぶるっと震わせた。毒が流れ出し、少し身体の自由が利くようになっている。
それから私はベッドで眠った。『根の国』に来てから初めての、安楽の眠りであった。ベッドは材肌に感触のいい布袋に藁がたっぷりと詰められた作りになっている。寝袋のようにその袋の中心には穴が開いていて身体をその隙間にねじ込むと、自分の体温をたっぷりと貯えてぽかぽかと温かかった。袋の中の藁は、表面のガラス繊維が丁寧に叩かれて柔らかくされており全くチクチクしなかった。上等な寝床だ。私は真っ暗な眠りの腕の中に飛び込んでいった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます