第9話 蛇・稲光②
老人は部屋を出ていった後、狐目の青年が後を引き継いだ。どうやらグランピー
とは彼の事らしい。彼は冷たいその眼差しで私をねめつけた後で、周囲の少年たちに言った。
「こいつの服を脱がせて裸にしろ」
彼が合図した途端、三人の少年たちがとびかかってきた。小柄な三人組で、そろいのライダースを羽織り、黒服に坊主頭のいで立ちである。三人とも凶暴そうな目つきをしている。尋問は一気に強硬な手段に切り替えられ、私は縛り付けられた椅子ごと押し倒される。はずみに脇腹を地面に打ち付け、私は息を詰まらせる。
狐目のグランピーは脅すような低い声で言った。
「体と衣服を検めさせてもらう。最近よく鼠が入り込むもんでな。あんたがそうじゃないという保証が俺たちには必要なんだ。」
鼠というのは密偵の事だろうか?一体どうしたら私がそんなものに見えるという?私はこんなにも頼りない、自分の事だって何も覚えていないというのに。しかし身体が麻痺して口を聞けない私は、三人の少年たちによってあっけなく地面に押し付けられ、もみくちゃにされてすべての服をはぎ取られた。
「服を寄越せ」
グランピーは私の服を確かめている。その時、カラン、と金属音を立てて何かが転げ落ちた。
「なんだこれは?」
テーブルの天板とぶつかって耳障りな音を立てたそれは、金色の平べったい円形をしたものだった。私はそんなものがポケットに入っていたことなんか気づかなかったが、それを見た途端何か大事なことを思い出しそうになる。
「スノウ、お前の大好きな機械だぜ。見てみろよ」
狐目のグランピーはそう言って、おんぼろソファの上に横になって寛いでいる眼鏡の青年に渡した。眼鏡の少年はひったくるように金色の機械を取った。スノウと呼ばれる眼鏡の青年は、機械を顔に近づけ詳細に観察する。
「よこせ。……懐中時計か。素材はホワイトゴールド。塗装がなかなかいいな。ラッカーが薄く何重にも吹き付けられている。こんな加工が出来るなんて、よっぽど腕のいい職人によるものだ。年式は古いし傷も多いが、まだ十分動いている」
グランピーがスノウに質問する。
「貴重なものか?」
「貴重だが、僕たちには必要のないものだ」
「金になるか?」
「ならないな。何しろ、これは役立たずさ」
「どうしてだ?今でも動いてるんだろう?」
「確かにそうだけど、ここに表示されているのは『花の国』の時間さ。見ろよ、時間を示す目盛りが12個しかないだろ?だからこっちじゃ何の役にも立たないよ」
「本当だ。しけてやがるな…融かしてインゴットにしちまおうか?」
「それよりも分解しよう。こんなにいい時計だ、精度の高いクウォーツが使われているに違いない。それがあれば俺たちも自前で時計が作れるかもしれないからさ」
そのやり取りを聞いているうちに、私はなぜだかその懐中時計が大切なもののように感じて、手放し難いもののように感じる。私はそれを取り戻さねばならないと思うが、身体は未だ麻痺していてどうすることも出来ず、丸裸で幼虫のように床に転がっているほかない。
「おっさん、どうしたんだ?そんなに顔を真っ赤にして」
グランピーが目ざとく気が付き、私の顔をねめつける。
「ん?この時計は大事なものらしいな。おい、あんた、何の秘密を抱えている?……どうやらこれは徹底的にやる必要がありそうだ。おいド・シャ、続けろ」
グランピーがそう言うと、ド・シャたちは私の唇を指でこじ開けて喉の奥を覗き込まれ、更には舌をざらつく指先でめくり上げて舌の裏側を見て、上下左右を見るように指示されて眼球の白目の部分を確認し、尻たぶをめくりあげられて肛門の内側まで松明の光で照らされる。
私の身体の穴という穴、余白という余白を確認されてひと段落着いた後、後ろ側から何かが私の頭に当てられた。そして、あっという間にじょりじょりと鋭い音がして、黒いものがぱらぱらと落ちてきた。視界の端では、ド・シャと呼ばれる坊主頭の少年が奇妙な形の道具を握って立っている。櫛を二枚重ね合わせ、その間に極薄の刃物を挟んだような原始的な形状の道具である。剃刀だ。彼らが私の髪を剃り落していることに気づくのにしばらく時間が要った。坊主頭のド・シャたちの手つきは荒く、剃刀が時折頭皮を傷つけて鋭い痛みを感じるが、私の身体は未だ麻痺したままで抵抗することは出来ない。束になって吹かれ、目の前を流れていく自分の髪をみていると、私はここでは自分の命がいかにも軽く、自分の手を離れたものだと思う。私はここで簡単に髪を切り落とされた。この断髪は、従属と無力のメタファーだ。ここではこんなにも自由意思は軽視される。きっと私は自分の命さえコントロール出来ない。
十数分かけて、私の頭髪は全て剃り落とされた。坊主頭は慣れない感覚であった。頭は異様に軽く、また頭皮に風があたる感覚は全く新鮮なものに感じられた。おそらく、私の忘れている過去においても、私は坊主頭にしたことはないのだろうと思う。ド・シャたちが荒布で私の頭を擦ると、そこには真っ黒に固まりかけた血がぼろぼろと付いた。
状況は悪い。相変わらず身体も痺れたままだし、片目も開かない。しかし、この時私はよい気分であった。身体を支配するのは不思議な高揚感であった。私は死の可能性を一つ乗り越えた。異様な興奮のあまり脈は耳の下でどくどくと大音量で鳴り響いており、脳には血が上りすぎてくらくらするほどだ。しかし、構わない。私は生きている!それが叫び出したいほどに嬉しかった。
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