第2章 『アルカサル』
第7話 アルカサル
頬を叩く感触がある。ある程度の固い感覚を持ったものが私の頬に繰り返し叩きつけられる。私の触覚は麻痺しているせいで痛みは感じないが、その音が聴ニューロンを通電させ、電気的刺激が束となって後頭葉になだれ込み、結果として私は目を覚ます。
「起きろ」
声が命じるまま、私は瞼を開こうとする。右目は力を込めればなんとか開くが、左目はぼってりと腫れて熱を持ち全く開かない。
それでも何とか情報を吸収する。
ここは室内。モルタル張りの天井には焚火の光が映っている。私の前には背の高い男が立っていて、彼がさっきまで私の頬を平手でたたいていたようだ。私の顔は松明で照らされているせいで、ちょうど逆光になっており彼の顔は見えない。そして今、私は椅子に括り付けられている。
……なるほど。
私は竜舌蘭を食べて眠っているところを、ある人間の集団に救助されたようである。しかし、砂漠の放浪が終わったことに安堵する余裕はないようだ。異邦人に対する敵意にも近い緊迫感が私を押し囲んでいる。
「やっと目を覚ましたぞ」
背の高い男が振り返り、背後の人物に声をかける。その時彼の横顔が見えた。まだ若い。短髪。鼻が高く、一重の釣り目。唇は薄く、かつ長く、全体的に輪郭が繊細。冷酷そうな印象を受ける。
「あぁ」
狐目の少年の背後から老人が現れた。上瞼が分厚い一重の垂れ目。両目は少し離れている。黒目は混じりっ気のない純粋な黒。白目は黄色く曇っており、茶けた毛細血管が走っているのが見える。髪も眉毛も白髪交じりで伸び放題。鼻は丸いが頬には一厘の贅肉もなくこけていると言っていいほどだ。贅肉がない代わり、余った皮が垂れているせいでほうれい線が濃い。俗的な顔立ちと言っていいが、何故か超越的な印象も同時に受ける。
老人が私の顔を覗き込んで言う。
「今は起きていた方がいい」
私は何か言い返そうとしたが、身体全体が麻痺していてうまく喋ることが出来ない。毒を盛られたか?私は動揺し身体をよじって逃げようと試みるが、私の意識は肉体の牢獄に閉じ込められたまま、外に出てこようとしない。
老人が語りかけられてくる。
「混乱しているようだが、これは、夢ではない。
現実だ。
君は、これから、尋問される。
抗うな。
現状を、受け入れることから、始めるんだ」
老人のことばは一つ一つがはっきりと区切られて私に投げかけられた。彼は私のためにそうやって言っているのではなく、普段からそうやって区切りながら喋っていることがその口ぶりから感じられる。
私は意識の恐慌を押さえつけるため、目の前の老人の顔を見つめ、その像に集中した。恐怖から逃れるためには一つの物事に集中する。記憶を失っても、その鉄則だけは私の脳に染みついている。
私は老人の顔下半分が左右非対称になっていることに気が付く。右頬に比べて、左頬のほうれい線が薄いのだ。また左だけ口角が垂れており、口ひげの形も左が膨らんでいるような形になっている。
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