第3話 エプーリス
未だ砂漠の縁は見つからない。
あるのは砂と岩と、乾いた枯れ木ばかり。
そして太陽は、あっという間に稜線の向こうに落ちていった。
砂漠の夜は、昼間のあの暑さが嘘のように寒い。このスーツ姿は昼の砂漠にはそぐわないが、夜の砂漠では私の体温が失われるのを防いでくれる。砂漠の夜が寒いのは、地球を覆い隠す雲がないせいで、地表の熱が宇宙に放散されてしまうからだ。その代わり、雲一つない星空はぞっとするほどに美しかった。天を二つに切り分ける天の川、散りばめられた遠い星、それから白く煙った円盤状の銀河までよく見えた。私は未だ過去を思い出せないが、こんなに美しい星空を見たのは、間違いなく人生初めてのはずだ。
それにしても寒い。
私は今すぐ身体を丸めてジャケットに包まりたいと思う。しかし歩くのをやめれば更に体温が奪われることが分かりきっているから、歩き続けるしかない。もう何時間こうして進み続けているだろうか?いい加減うまくコツは掴んできたが、砂漠を進むには足に独特な力の入れ方をすることが必要なせいで、私の内股の筋肉は硬直し、今にも攣りそうだ。喉の奥もカラカラに乾いて苦い味がする。
「ここは死の世界かもしれない」
弱気になった私は思い付きを呟いた。
そう……それは単なる思い付きである。
喉は乾ききっているし、頬をつねれば痛かった。だから自分はまだ生きているに違いない。しかし、死んでいると言われればそうなのかもしれない。昼間に砂漠で目覚めてから、生きているものには未だあのスカラベにしか会っていない。こんな風に命の匂いがしないのも、記憶がないまま目覚めたことも、ここが地獄だとするならなんとなく納得できる気がした。だが、地獄は生前の行いに対して罰を与える場所のはずだ。こんな辛いところに放り込まれるなんて前世の私は一体どんな罪を犯したんだ?
しかしそんなことはどうだっていいのだ。
今重要なのは、私がこのまま進み続けるか否かである。進んだ先に休息や食事や水分や、そういう何かがあるのなら間違いなく進み続けるべきだ。さもなくばこの数時間の苦労が無駄になる。だが、どうもこの調子だとそれはあまり期待できそうにない。それにもしここが本当に地獄で、この状況自体が私に対する罰だとするなら、いくら抵抗しても無駄なのかもしれない。
星空が冷酷に私を見下している。
寒さは骨に噛みつき、内ももは小刻みに震えている。
私は進むことを諦めるべきか、迷っている。
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