第13話 囚われの姫 駆ける

 リリアは城の中を駆けていた。まるで人探しでもしているみたいに、きょろきょろしながらビロードの絨毯を踏みしめていた。


 誰もリリアのことを振り返る者はいなかった。なぜならみんなも走り回っているからだ。


 他の使用人とすれ違いざま、とある会話が聞こえてきた。


「そもそもリリア様の顔知らないのよね」

「美人らしいよ。というか魔王様がそれしか言わない。今ルクティ様が手配書作ってるらしいけど」


 どうやら自分の顔はみんなにバレてはいないらしい。であれば顔見知りに会わなければすむだけのこと。


(「いける」)


 階段をひたすら降り、右右左右の順に角を曲がり、螺旋階段を降り、通路に出たら今度は少し昇り、また角を曲がり……それから何分経っただろう。リリアは迷子になった。


(「ここはどこだ?」)


 周りに使用人はたくさんいる。道を聞けば済む話だが、しかし、話しかけるのはさすがにリスクが高い。


 二択なのだからどちらかに行くしかない。

 だけどそのたった二択が選べない。

 これは爆弾に繋がれた赤と青のコードと同じだ。

 リリアの人生を左右する究極の二択になるかもしれない。

 

 そう思うとどうしても決められない。


 右、左どちらに行けばいいのか結論の出ないままその場で足踏みしていると、突然誰かに腕を掴まれた。リリアの心臓が跳ね上がる。


「きみ、ぼうっとしてないでリリア姫を探しなさい」


 そう言って、騎士団らしき男が紙を差し出した。リリアは思わず叫びそうになった。それにはリリアの似顔絵が描かれていた。肖像画かと思うほどリリアそっくりである。


「あっ、はい…」


 リリアは振り返らずにその手配書を受け取った。男に顔を見られたら確実に本人だということがバレてしまう。しかも、『Dead or Alive』の『Dead』部分が適当に塗りつぶされている。もっときちんと塗りつぶしてほしい。これでは勘違いする者も出てくるだろう。


 そして何より、城側の対応が思った以上に早いことにリリアは頭を抱えた。


「きみ、大丈夫か? 顔色が悪いぞ」


 男が肩を掴みリリアを振り向かせようとする。身をよじり抜け出そうとするが、力が強く引き剥がせない。リリアの脳裏に『Dead』の文字が掠める。


「…きみ、いつもはどこを担当している? あまり見ない顔だが…」


 男の視線が怪訝そうにリリアを探っていた。こめかみに汗が伝う。頭がフル回転を始めた。


 この男はどこまで城のことを把握している?

 適当に答えて、嘘だとバレたら?。

 では、なんと答えればいい?


 いつのまにかリリアの周りには人が集まっている。こんなに人がいては暴力でどうにかすることもできない。リリアの呼吸が次第に浅くなる。


 どうする?

 どうすればいい?


 考えても考えても答えが見つからない。


「いつもは…」


 リリアの声は震えていた。それは自分でも分かっていた。しかし、一か八か当てにいかなくては。不戦敗はリリアのポリシーに反する。


 腹を括り、顔を上げたその時、見覚えのある顔とばったり目があった。


 ピンクちゃんだ。


 少女は一瞬、驚いたような傷ついたような表情を浮かべた。リリアは堪らず目を逸した。


 ピンクちゃんはリリアのことを知っている。いや、よく知っている。つまり、みんなに自分の正体がバレるのも時間の問題だ。だから、目を逸らしたところで、それが虚しい抵抗だとは分かっている。

 

 しかし、それ以上に目を合わせられない理由があった。


(「傷つけたかもしれない」)


 監禁中、ピンクちゃんは真心をもってリリアのお世話をしてくれた。それなのにリリアは逃げ出してしまった。だって、逃げることを教えるわけにはいかないから、しょうがないといえばしょうがない。だけど、きっと彼女は裏切られた気持ちになっただろう。逆の立場なら自分はそう思う。


 そう思ったら、リリアはピンクちゃんと目を合わせる勇気がなかった。


 うつむくリリアの視界の端にころんとした小ぶりの靴先が入ってきた。ピンクちゃんがリリアと男の前までやってきていた。

 

 リリアの心臓はドクドクと大きな音をたて始めた。男の指が肩に食い込み痛い。もはや逃げ道はどこにもない。せっかくここまでやってきたのに何もかもバレてしまう。ピンクちゃんにも軽蔑され全てが台無しだ。


 歯を食いしばり、うつむいて最後の審判を待つリリア。その目の前に、そっと小さな手のひらが差し出された。


「新人、いくよ」

(「えっ」)


「なんだ新人かい。そりゃ知らないわけだ」


 リリアの肩から男の手が離れる。何が起こったのか理解できず、ただ立ち尽くすリリアの手をピンクちゃんが握りしめる。その手が子どものように暖かくてリリアは思わず泣きそうになった。


 ピンクちゃんが目配せした。その顔は心なしか笑っているように見える。


「いこう。こっち」

「…うん!」


 二人の凸凹少女は手をつないだまま駆けていった。

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