第12話 囚われの姫 脱がす
赤毛の少年は窓の外とリリアを交互に見た。目は泳ぎ、動揺が隠しきれていない。
「あれ、なんで、ここに、リリア様が?」
「赤毛くん、話し合おうじゃないか」
しかし、リリアの声は届いていない。少年は風見鶏のように右に左に首を振っている。
今、城の中では、消えたリリア姫を探して総動員が掛かっている。その消えたはずの姫が目の前にいるのだから少年が混乱するのもやむを得ない。
今夜は本当に風が強い。突風が小部屋に吹き込み、窓の外でドレスのロープが舞い上がった。
その瞬間少年は我に返ったようだった。弾かれたように今は無き扉があった方へと足を一歩踏み出す。
「ル、ルクティ様に伝えなきゃ…」
リリアはとっさに窓の外を指差した。
「あっ! 何だあれは?!」
「?」
少年はとても純粋だった。リリアの指に釣られて窓の方へ振り向いた。
リリアは赤い癖っ毛の隙間からのぞく白いうなじ目掛けて容赦なく飛びかかった。三角絞めがすんなりキマり、みるみるうちに少年の体から力が抜けていった。
「討ち取ったり」
リリアはベッドの上に少年を引きずりあげた。シルクのハンカチで手足を拘束し、猿轡を噛ませる。少年のほのかに赤らんだ頬に手を添えると、前髪がはらりと落ち、つるりとしたきれいな額が現れた。
前髪のない少年は、体の大きさのわりにあどけなく見える。リリアと同じ年頃かと勝手に思っていたが、もしかしたらピンクちゃんと同じくらいなのかもしれない。
「これが背徳感ってやつか」
リリアは少年のお仕着せのボタンに手を掛けた。
◇◇
ドレッサーの前でリリアはポーズを決めた。
「うん、悪くない」
鏡の前には男装のリリアがいる。少年の服は少し大きかったが裾を折り返せば違和感ない。
髪は三つ編みのままお団子にした。ついでに髪の一部を角状にして角袋を頭に固定した。図らずも角袋がこの城で流行して良かったとリリアは思った。尻尾はとりあえずベルトで代替することにした。無いよりはあった方が良い…だろう。
真夜中だというのに城の中は明るく、これからパーティでも始まるのかというくらい騒々しい。今夜の主役はまさしくリリア。今この時、誰も彼もがリリアのことを思っている。
あれは7つになるときの誕生パーティーだった。リリアはふりふりフリルのオレンジのドレスを着せられていた。
歩けば見知らぬ貴婦人に話しかけられ、座ればメイドがケーキを食べさせ、踊れば拍手喝采が巻き起こる。朝から晩まで続くそんなパーティにリリアはすっかり飽きてしまっていた。
だから彼女はこっそり逃げ出したのだ。今宵のように変装して。堂々としてれば案外誰も気が付かない。あの時だって結局――。
「結局どうだったかな…?」
まぁいい。今はそんなことどうでもいい。
この部屋から白の間までの道は覚えている。そして、白の間の先に城の外へと続く扉があったこともリリアはあの日、気が付いていた。
人々がパーティーに飽き、冷静になる前にこの城から脱出しなければならない。
鏡の中の自分に言い聞かせる。
「囚われも姫も、もうこれっきりだ!」
そのとき、芍薬の花弁が一枚はらりと落ちた。まるで何か言いたげなその花は、それでもまだ見事に咲き誇っている。リリアが毎日水を替え大事にしてきた証拠だ。
結局、芍薬の一輪はリリアの胸ポケットに収まった。友からの大切な贈り物だから。
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