第11話 囚われの姫 消える
出会いがあれば別れがある。
時刻は深夜0時。リリアの体内時計がそう告げている。彼女の体内時計は正確だ。窓を開けると冷たい風が吹き込み、リリアの三つ編みを揺らした。
120メートル下では今日も豆粒のような兵士たちがせっせと城の守りを固めている。
リリアは天蓋付きのベッドの脚に、赤いマーメイドドレスの袖を結びつけた。そのドレスの裾を縛るように、サファイアブルーのエンパイアドレスが繋がれている。その先にはコーラルピンクのプリンセスライン、華やかイエローのミモレ丈と続いてモスグリーンのイブニングドレス、そしてそして…延々とドレスが数珠繋ぎになっている。
リリアはドレスの結び目をキュッと締め直した。
「頼むから解けないでくれよ」
窓の外、ドレスでできたロープを音もなく垂らしていく。それに気がついた人がいたなら、そのカラフルさに万国旗と見間違えたかもしれない。
全て下ろし終わったところで、最後の仕上げ。リリアはガラスのインク壺を手に取った。これが一番いい音を出して割れそうだったのだ。
リリアはインク壺を窓の外へ放り投げた。
心の中で数を数える。思ったとおり、10秒後には外界がにわかに騒がしくなった。
(「あと5分もすれば城中に広まるだろう」)
リリアは暗闇の中で時が来るのを待った。
◇◇◇
きっかり5分後。
複数人が慌ただしく小部屋に近づく足音が聞こえてきた。
「何をしている早く開けろ!!」
扉の外で、カチャカチャと金属がかち合う音がする。何やらもたついているようだ。男の怒声が飛んだ。
「もういい! どけ!!」
「あっハル、待ちな…」
「火炎爆裂拳っ!」
「あー…」
突然、大きな爆発音と激しい振動がして、リリアの体を震わせた。
(「何事?」)
リリアには何も見えない。細く狭い暗闇に息を潜め、少しの音も聞き漏らさないように神経を研ぎ澄ませている。小窓から吹き込む風が獣の咆哮のように唸りをあげていた。
荒々しい足音が窓辺に駆け寄ってくる。
「まさかここから?!」
震える声は魔王のものだ。視線の先、夜空の下で色とりどりのドレスがはためいている。男たちが思い思いに口を開いた。
「嘘でしょ…このドレスいくらすると思ってるのよ…」
「リリア姫殿は勇敢ですな。我が騎士団に是非とも勧誘したい」
ハルの拳は震えていた。
「そんなことはどうでもいい! 早く…早く彼女を探せ!!」
「はっ」
魔王の命に、従順な騎士団団長のガモットが窓から叫ぶ。
「みんな姫殿を探せ! まだ近くにいるはずだ」
鼓膜が破れそうなほどの大声が小部屋に響く。120メートル下にもきっと届いだろう。
ルクティが鼻をすすった。
「ガモット…デッドオアアライブって伝えて…」
「はっ! どういう意味ですか?」
「おい、ルクティ馬鹿野郎、生け捕りオンリーだ」
「だって…このドレスの扱いは…あんまりでしょう…! そもそも、元はといえば全部ハルが悪いのよ、ちんたらしてるから!」
「魔王様といえどルクティ殿を泣かせるのはいかがなものか」
完全に2対1である。魔王は二人を手で制した。
「あぁーもぉー! そうだよ全部俺が悪いです!!! 分かったから、リリア姫を探してくれ。怪我してるかもしれん」
行くぞ、という掛け声とともに男たちの足音が遠ざかっていった。
リリアは小さく息を吐き出した。
(「やっと居なくなる…。手も足ももう限界だ」)
少し前から手足が震えだしている。いつまでもこうしてはいられない。
「ん? 何か見えたぞ」
その時、ハルが何かに気が付き立ち止まった。遠ざかった足音がまたしても近づいてくる。
(「来るな来るな」)
リリアの額を汗が伝いこぼれ落ちた。手足はもう限界だ。震えすぎて音がしていないのが不思議なくらいである。
(「頼む、来るな、頼む…!」)
リリアは祈った。歯を食いしばり、ただ必死に祈った。ここでばれてしまったら2度目のチャンスは…おそらくない。そうなれば一生をこの城で過ごさなければならない。悪くはない生活だったが、もうそろそろ飽きてきた。
ハルはベッドの前に来ていた。ゆっくりしゃがみ目を凝らしている。床まで届きそうなシーツに手を掛けた。
リリアは息を潜めた。手足は震え、心臓は早鐘のように脈打ち、呼吸は浅く、不安で今にも叫び出しそうになる。口を手で抑えたくとも両手は塞がっている。
ハルの手がベッドの下に伸ばされた。
「やっぱりな」
そう言って、ハルが掴んで取り出したのは、リリア愛用のコルセット。
「彼女のコルセットに違いない」
リリアは瞬いた。無くしたとばかり思っていたが、まさかそんなところにあったとは。
「まだ温かい…」
(「そんなわけあるか。早く出ていけ」)
コルセットを大事そうに抱え出ていく魔王の足音に耳をすませ、音が聞こえなくなったところで、リリアはようやく腕の力を抜いた。
あとは重力に任せるのみ。どさりと音をたて暖炉の下に舞い降りる。煙突の中は煤っぽく、窮屈で体ががちがちに強張ってしまった。リリアは干からびたカエルが水を獲て生き返るように、大きく伸びて深呼吸した。
「あとはどう逃げるかだな」
肩をほぐし、闘志あふれる菫色の瞳で前を見据える。見据えた先、開け放たれた小窓の横に、赤毛の少年が突っ立っていた。
「あっ」
「あっ」
この部屋に踏み込んだ男は4人。出ていったのは3人。
4-3=…
リリアの脳は計算することを止めた。
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