第10話 囚われの姫 流行らす

 リリアは城の頂の小部屋に帰されていた。


「いったい何があったんだ」


 周りを見渡せば、扉がリニューアルされ、ついでに以前よりも鍵が頑丈になっている。


「嘘でも好きになると言うべきだったか…?」


 そうすれば、警戒が解かれ、城の中での行動範囲が広がったかもしれない。そしたら、今よりもずっと動きやすくなっただろう。


 しかし、魔王の「誘拐好き」という特殊なへきに困惑し、とっさに上手い反応を返せなかった。王立図書館の蔵書にもそんな資料はなかったのだから、そうなってしまったのも仕方がない。


 世の中にはリリアの知らないことがまだまだたくさんある。


 世界の奥深さに妙に感心していると、揚げ物のいい匂いととともにピンクちゃんがやってきた。扉の隙間からリリアの顔色を窺っているようだ。その表情には純粋な心配が見て取れる。


 リリアはピンクちゃんの頭をワシワシした。


「心配してくれたのか。本当に可愛いなぁ。大丈夫、このとおり元気ぴんぴんだ」


 ピンクちゃんはくすぐったそうにひとしきり撫でられていた。髪がぼさぼさになっているが気にしていない。むしろ嬉しそうだ。そうして、リリアからの可愛がりを受け終わると、周りをきょろきょろ見回していた。近くに誰もいないことを確認すると、生物ナマモノの一切入っていない茶色い昼食のそばに一輪の花をそっと差し入れた。


 満開のまあるい芍薬だ。


 掌ほどもある芍薬の花に顔を寄せると、控えめで上品な香りがリリアの胸をすいた。


「くれるのか? 誰から?」


 ピンクちゃんは首を振った。そして、自分の胸に手をやると僅かに微笑んだ。


「ピンクちゃんから? ありがとう! 大事にするよ」


 花のある生活とは良いものだ。

 水が入ったコップに花をいけ、ドレッサーの上に置くとそこだけほわんと空気が明るくなった。

 リリアは頬杖をついて、花びらをそっと撫でた。


「何かお礼をしたいな…もうすぐお別れだから」


 思えば、ピンクちゃんはリリアにとって、この城での監禁生活における清涼剤だった。いろいろと世話になったから感謝の気持ちを伝えたい。

 何ができるかだろうか、考える。ちらりと見た鏡越し、いつかの毛糸玉が目に入りリリアはにこりと微笑んだ。


 ◇◇◇


「あら、ピオ。それ可愛いじゃない」


 ルクティは廊下ですれ違った従者に声を掛けた。年は12、3才くらいだろうか。ピンク色の髪をツインテールにした気弱そうな少女である。呼び止められた少女は振り返ると、恥ずかしそうにはにかんだ。


「リリア様がくれた」


 はにかむ少女の角には、毛糸で編んだ手袋ならぬ角袋がはめられている。白と黒の牛柄だ。


「へぇ。随分仲良くなったのね。ハルにも見習って欲しいものだわ」


 口では魔王の恋路を心配しながら、今のルクティの興味は完全に角袋に向いている。

 あらゆる角度から角袋を眺め回すルクティに、ピオ―ピンクちゃんの本当の名である―はごそごそとメイド服のポケットから何かを取り出し、見せた。


「虎もある」



 それから数日後、鬼璃きり魔国では角袋とやらが空前絶後の大ブームを巻き起こした。中でもアニマル柄が人気らしかった。


 リリアがそのことを知るのはもう少し先のことである。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る