第3話 囚われの姫 見回す
遥か昔、世界は3つに分かれていた。
人の住む地界と人にあらざる者の住む天界、魔界、その3つだ。魔族の住む魔界では同族同士の争いが絶えず、山は燃え、水は腐り、瘴気で溢れ、ついには何人も住むことのできない焦土と化した。
魔族が地界にやってきたのはそれからである。荒事を好む魔族たちは侵略と殺戮を繰り返し、人間から次々に領土を奪っていった。なすすべもなく蹂躙される人間たち。見るに見かねた天族が人間に救いの手を差し伸べた。地界は人間と魔族で
これが『創世の書』に書かれた、今に至る世界の始まりの経緯である。
『創世の書』は世界で一番読まれている本と言っても良い。当然リリアも読んでいる。
子供向けに絵本にもなっていて、魔族の迫りくる狂気じみたその姿に、泣き出す子どもたちが毎年後を絶たない。悪いことをした子どもに「そんなことばっかりしてると魔族の山に捨てるよ!」と言うと、すぐに泣き叫び謝る。
人間にとって魔族とはそういうものだ。
その存在は認識していても、お近づきにはなりたくない、無慈悲で卑劣で野蛮な種族。
当然、
リリアは誘拐されてからというもの、城の頂にある小窓のついた部屋にずっと閉じ込められていた。 牢獄とも呼べるその部屋を、リリアは改めて見回してみる。
まずは、天蓋のついたベッド。
リリアが大の字になって寝転んでもまだまだ余る大きなベッド。付属の枕は3種類あり、好みの固さを選べるようになっている。横になるとすっと眠れる快眠快適なベッドである。
次にリリアの視線が捉えたのはワードローブだ。中にはドレスがぎっしり収納されている。色がグラデーションで並んでおり、形も様々でデザインも凝っている。おそらくデザイナーが何人かいるのだろう。まるで、どれかがお眼鏡に適えば…と控えめにリリアの機嫌を窺っているようだ。しかも、不思議なことに、どれもリリアにジャストフィットなのである。
マントルピースには観葉植物の小さな鉢が飾られていた。3日前には赤い可憐な花が咲き、リリアの心を癒やした。
他にあるものといえば、今リリアが膝を抱えて座っている革張りのソファとガラストップのローテーブル、大きな鏡のドレッサー、そんなところだろうか。
ちなみに、トイレもシャワーも完備だ。バスタブもついているし、いい香りの石鹸、シャンプー、コンデイショナーも揃っている。
「魔族は案外人間よりも文明的かもしれない」
おそらく、鬼璃魔国はジャヤ国への交渉材料として、リリアを人質にとったのだろう。リリアがまだ殺されていないことからして、交渉は継続中――少なくとも決裂はしていない。そう考えてもいいはずだ。
人質のリリアにこれほど手厚いもてなしをする国だ。ワイバーンの群れがジャヤの国を襲うこともなかったに違いない。
その考えにいたって以来、リリアは少し安心していた。しかし、1つだけどうしても納得いかないことがあった。
「鬼璃魔国が欲しがるようなものが、そもそもジャヤにあっただろうか」
そう。何も思い当たるものがない。これだけがどうしても良く分からない。
その時、「ぐう〜」と重低音が部屋の中に鳴り響いた。リリアの腹の音である。
この部屋に時計はない。しかし、この3ヶ月、規則正しい生活を続けてきたリリアには、時計などもう必要なかった。
「そろそろか」
リリアがそう呟くやいなや、小さな足音が近づいてくるのが聞こえてきた。リリアは鼻をすんすんした。
「この匂い……夕飯はハンバーグか!」
予想は見事に的中した。リリアはうまうまと舌鼓をうち、それからゆっくりバスタイムを堪能し、ナイトキャップを被ってふかふかのベッドで眠りについた。
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