第42話 麺屋

 ある日、薬で相談したいという人が来た。

 珍しいこともあるな。

 というか、薬の相談は初めてだな。


 他にお客さんも来ないので、店舗にテーブルと椅子を用意して、相談を受けることになった。

 相談に来たのは、俺と同い年くらいの男性で、名前はターデというらしい。


「ターデさん、どんな薬が欲しいんですか?」


「えっと、胃の不調を治す薬が欲しいんです」


「うーん、それなら胃腸薬ですかね。何か胃が不調になる原因は分かりますか?」


「それは、えっと……食べ過ぎ、だと思います……」


「食べ過ぎですか? それなら食べる量を減らして、それでも痛いようでしたらポーションを飲めば良くなると思いますが……」


「いえ! その、試食を繰り返しているので、まだまだ食べないといけないんです!」


「試食ですか? いったい何故そのような?」


「店をやってまして、新作を開発しようと思っているんです」


「あぁ、なるほど。なんのお店なんですか?」


「麺屋をやっています。本店はヒノモトにありまして、私は、この町の支店で店長を任されています。最近はラジオのおかげで、この町にくる人も増えてきましたし、ここで新作を! と、意気込んだ結果、胃が……」


「あー、そうなんですね。麺屋というと、ラーメンですかね」


「はい、ラーメンもありますし、うどんもありますよ」


「おぉ! それだけでも十分な気がしますけどね」


「いえ……それなら、別の町の支店でも食べれますし、わざわざこの町まで来て食べようってお客さんは少ないんですよ。だから、ここでしか!ってモノを作りたいって思ったんです」


「なるほど。自分で良ければ、そちらのお話も聞きますよ。麺料理は多少は知っていますし。あ、とりあえず胃腸薬作成してきますので、お待ちください」


 俺は、錬金部屋で、アロエっぽいものやウコンぽいもの等々の胃腸薬の原料を、錬金して錠剤にしたものを小瓶に入れ、ターデさんのもとへ戻った。


「お待たせしました。こちらの錠剤を朝昼晩1錠ずつ飲んでみてください。もし、不調が治らなかったり、思わぬ症状がでた場合は、うちにすぐ来てくださいね。じゃあ、お値段は銅貨20枚ですね」


「いいんですか!? そんなに安くて!?」


「えぇ、まだ商業ギルドにも登録してませんし……あ、とは言え、自分で試してあるので副作用や効果は問題ないので安心してくださいね。なので、この値段で大丈夫なんですよ」


「そういうことなら、ありがとうございます!」 


「いえいえ。それで、どんな麺料理を試作したんですか?」


「えっとそうですね。ウナギをぶつ切りにして入れてみたり、うどんに魚肉や薬草を練り込んでみたり……ですかね」


「な、なるほど……基本のメニューってどんな感じですか?」


「基本的に各店舗同じメニューなんですが、ラーメンは塩、醤油、味噌ですね。うどんは、カレー、かけうどん、ざるうどんです」


「へぇ、とんこつや蕎麦は無いんですね」


「あー、とんこつは、独特な匂いがしますので、ヒノモトに専門店があるだけですね。昔、キュウスにも出店したようですが、受け入れられなかったようです……」


「あらら、美味しいのに、残念ですね」


「ええ、美味しんですがね……まぁ、蕎麦に関しても似たような問題があってですね。昔、勇者様が蕎麦の実を発見して、ヒノモトの人達は畑で栽培したんです。少量のうちは、まだ良かったんですが、大量に栽培した時に、蕎麦の花の匂いが臭いと栽培している人達からも周囲に住んでいる人達からもあがりまして、それで今では、ほとんど栽培されていないんです」


「そうなんですか? 町から離れたところで栽培すれば良いだけのような」


「確かにそうなんですが、外に畑を作ると、魔物や動物に荒らされたり、襲われたりする危険がありますし、その対策にお金をかけて、わざわざ栽培するよりも、安全な場所で作れて匂いのしない麦で良いとなったようです。それに麺であれば、麦からラーメンやうどんが作れますから」


 なるほどね。

 確かに、蕎麦の花って鶏糞みたいな匂いがするからなぁ。

 それに、他の麺料理があるのに、そこまでして蕎麦は作らないか、なんとなく納得した。


「うーん、それなら、この町だけってところを考えるなら、蕎麦もありなんじゃないですか?」


「え……うーん、確かに。ですが栽培はどうすれば?」


「ハウス栽培にして、そこから出る匂いは消臭の魔道具でどうでしょう」


「そ、それはまた大金がかかりそうですね……」


「もしくは、町の外で魔物よけなどを設置してですかね。まぁこっちのほうが多少は安いと思いますが……それでも厳しいようなら商業ギルド巻き込んで、この町の特産品としてやってもらいますか? そうすると他の町でも蕎麦料理が出てきちゃいそうですがね」


「な、悩み、どころですね……」


「一応、うちから液体肥料もお売り出来ますから、小さな場所でも短期間で、それなりに収穫は出来ると思いますよ」


「うーん……」


 その後も、悩んでいたが、蕎麦の打ち方の難しさ等や俺も食べたいので多少は投資しますって話していると、まずは個人で町の外で栽培を始めてみるという話になった。

 蕎麦の打ち方については、ヒノモトに、個人で蕎麦を楽しんでる物好きがいるそうで、そこで修行すると言っていた。

 栽培に関しては、うちから魔物避けと動物避け、液体肥料を安く提供することにした。


 山菜蕎麦、月見蕎麦、天ぷらと蕎麦……久しぶりに食べてみたくなったな。

 頑張ってくれターデさん。



 数ヶ月後、ターデさんは独立し、蕎麦専門店が湖の町に開店した。

 ヒノモトの蕎麦の師匠に学うちに、蕎麦にどっぷりハマったようだ。

 開店前にうちに来て、蕎麦は奥が深いと笑顔で言っていた。

 開店後は、ラジオでも取り上げられて、行列が出来るほどの人気店となった。

 

 俺達も食べに行ったが、サクサクの山菜や魚の天ぷら、風味の良い10割蕎麦、最後に頂戴した蕎麦湯まで美味しかった。


 帰り道、ふと、ここまでの腕前になったターデさんも凄いが、それを教えた蕎麦の師匠がいるんだよな……すげー人もいるもんだと思った。


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