第16話 手毬

 アイギスさんの可愛い一面を垣間見た次の日の朝。


 朝食の準備をしていると、アイギスさんが簡易テントから出てきた。

 足元に子狼がトコトコ歩いている。

 子狼とアイギスさんは、ずっと一緒にいたようだ。


「アイギスさん、おはようございます」


「あ、あぁ、おはよう」


 うん、だいぶ落ち着いたみたいだね。

 なんか気まずそう? いや、たぶん恥ずかしいものを見られたって感じか。

 なんとなく顔が赤い気がするからね。


「ジョージさん、昨日のことなんだが……その、えーっと」 


「子狼がハグハグしてるの可愛かったですね」


「え、あぁ! 可愛かったな!」


「アイギスさんもね」


「———ッ!? か、かわッ」


「いつもは凛としていましたからね。可愛い一面もあるんですね」


 アイギスさんは、顔を両手で隠してしゃがんでしまった。

 ちょっとからかいすぎたかな。

 子狼は、アイギスさんの足元で首を傾げている。


 俺は、朝食のついでに柔らかくしておいた干し肉を木皿にのせて、子狼を呼ぶ。


「ほらほらぁ、ご飯だよー」


「わん!」


 子狼は元気な鳴き声をあげて、こちらへ来た。

 頭を撫でてあげると、尻尾を振ってくれた。

 干し肉を小さく裂いて、口もとに持って行くと、パクっと食べてくれる。


 可愛いなぁ癒されるー!


「美味しいかぁ、よしよし、まだあるからゆっくり食べるんだぞぉ」


「あ、ズルい! 私もあげたい!」


「えー、恥ずかしいんじゃなかったんですかぁ?」


「い、意地悪なこと、い、言わないでよ。冒険者やるならしかたなかったんだから!」


「あー、やっぱりそういうことでしたか。でも、もう冒険者じゃないですし、自分の前くらいなら気を張らなくても大丈夫ですよ? それに可愛い子狼をみたら無理でしょ?」


「むぅ……」


「うーん、なら俺も気を抜かせてもらうからさ。人前だけは今まで通りでやればいいでしょ?」


「はぁ……わかったわ」


「まだまだ旅は長いから助かるよ。俺もいつまでも敬語って肩凝るからさ。それじゃあ、子狼のご飯あげといて。俺は朝食作っちゃうからさ」


「わかった!」


 子狼については判断が早いな。


 こうして、お堅いアイギスさんは、人前以外では20歳くらいの女の子になった。

 そして、食事や諸々を済ませ、一緒に野営した人達に挨拶をして出発した。


 しばらく馬車を進めていると、街道の側に花が咲いていた。

 小さな花がいくつも咲いて纏まっていて、アジサイみたいな植物だ。

 

「あの花、綺麗ね」


「そうだね。あの花の塊をいくつも並べて、子狼をその中に入れたら、どこに子狼がいるか分からなくなりそう」


「あはは、そうかも。でも、それ絶対可愛い! あの花、採ってきてもいい?」


「もちろん」


 俺は馬車をとめると、アイギスさんが花の塊をいくつか採ってきた。 


 子狼は、御者台のすぐ裏に干草を入れた木箱を置き、その中で眠っている。

 アイギスさんは、そのなかに採ってきた花を入れて、ニコニコしながら可愛いと言っていた。


「アイギスさん、そういえば子狼の名前って決めた?」


「まだ決めてないよ。だって懐かなかった時、辛いし」


「あー、そうか……」


 そうだよな。

 懐いてくれなかったら、その時は……。

 

 俺は気を紛らわすために、アイギスさんが採ってきた花を調べてみる事にした。

 花の塊をひとつ貰い、子狼を見つめるアイギスさんから少し離れて、【調べる】と小さく呟いた。


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名前:コデマリ


コデマリ(小手毬)とは、バラ科シモツケ属の落葉低木。別名、スズカケ。

落葉低木で、高さは1.5mになる。枝は細く、先は枝垂れる。春に白の小花を集団で咲かせる。この集団は小さな手毬のように見え、これが名前の由来となっている。(wikiより)

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「この花、コデマリって言うのか。へぇ手毬ねぇ」


 ま、こっちで何ていうか知らないけど、どうやらそういう植物らしい。

 アジサイじゃなくて、バラ科なんだ。


 ふと視線を感じた。

 アイギスさんを見ると、ジトッとした目で、じーっとこちらを見ていた。


「な、なに?」


「……私、名前決めてないって言った」


「そうだね」


「子狼見て」


「ん?」


 子狼は、木箱の縁に両手をかけて、舌を出しながら俺の方を見ている。


「可愛いね」


「そうなの! 背伸びしてて可愛いの!っじゃない! ジョージさんがテマリって言ったらこうなったの!」


「え、手毬?」


「わん!」


「ん? 子狼よ。どうした?」


 俺が首を傾げると、子狼も首を傾げた。


「可愛いねぇ。よしよし」


「わん!」


「そうじゃないでしょ! 子狼に名前つけたんでしょって話よ!」


「そうなの?」


「くっ、テマリちゃんも同じように首を傾げるなんてっ……ジョージさんテイム持ってないんじゃなかったの!?」


「名前つけるとテイムすることになるの?」


「そうよ! スキルにそう書いてあるんでしょ!?」


 どういうことだ?

 テイムなんて持ってなかったはずだけど……。

 俺は、ステータスと確認することにした。

 

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名前:麦蔵 譲司 (ムギクラ ジョウジ)

年齢:35

職業:無職

レベル:5

魔法:生活魔法

スキル:錬金術、御者、調べる、テイム

従魔:テマリ

加護:プルメリア神の加護

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===========

テイム(心を交わした魔物や動物に名前をつけると従魔に出来る)

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「あ……」


「あ、じゃないわよ! もう! 色んな名前考えてたのにぃー!」


「も、申し訳ない! いつの間にか取得してたみたいだ」


「そんな言い訳やめてよね! もうー!」


 これは申し訳ないことをしてしまったな。

 まさかテイムを取得していたのか?

 名前をつけたとされてテイムが取得されたのか?

 どっちにしろ、今はアイギスさんを何とかしなきゃな!


 こういう時、どうしていいのか分からず、俺の事情を話すことにした。


 カクカクシカジカでして、スキルが…えぇ…そうなんです…それで…そうです。


「ごめんねアイギスさん」


「はぁ……もういいわよ。ジョージさんの事情は分かったわ。ま、テマリちゃんも従魔になったし、これからは安心して可愛がれるから。テマリちゃーん、これからよろしくねぇ」


「わん!」


 ふぅ、なんとかなった。

 もし次があったら、アイギスさんに名前つけてもらおう。

 それにしても、なんとなく呟いた言葉が名づけになるとはね。

 俺も驚いたよ。


 子狼が気に入ったのかな?

 ま、辛い思いをせずに済んで良かったと思おう。

 なにはともあれ


「俺も、よろしくなテマリ」


「わん!」


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