泪と責任
龍さんが、帰って来るまでの間、ボクと長さんは、ひたすら帳簿付けに励んだ。
時折帳簿が合わないことがあると長さんが「ボクが確認しておくよ」と言って計算し直しをしてくれていたんだ。
だけど、ある日のことボクは長さんが、帳簿を誤魔化して少しずつお金を貯めている事に気がついてしまった。
ボクも侍に混ざって仕事をしているせいか、武士道が身についたのか武士の情けとして誰にも言うまいと決めたんだ。
そんな帳簿と向かい合う日々が続いていたが、突然、龍さんと中岡さんが帰ってきた。
「やったぜよ! 薩摩藩と長州藩、同盟成立ぜよ!」
ボクは耳を疑った。
あの犬猿の仲の薩摩と長州に同盟を結ばせるなんて? 一体何を?
「長州は幕府から武器の購入を禁止されて武器が手に入らなくて困ってる」
確かに、長州は、幕府から武器の購入を禁止されている。それはボクでも知っていた。
「ワシたちも長州に武器は売れない、だがな! 薩摩が武器を買い、長州に売る事にしたぜよ」
つまり薩摩が、長州のために武器を買うって事に? 確かに武器を買った価格より高く長州に売れば薩摩の利益になるしボクたち亀山社中側としても有利な条件だった。
次の日の朝だった。
亀山社中の仲間が慌ただしくしていた。
どうやら龍さんに帳簿の誤魔化しがバレたようだ。
「近藤と吉田を呼べ! 今すぐに!」
龍さんの大声が聞こえた。
ボクと長さんは、龍さんの前に連れて行かれ、問いただされた。
ボクは沈黙していた。どんな処罰でも受ける覚悟をしていた。
何時間かして長さんが「ボクが帳簿を誤魔化しました」と口を割って話し出した。
「なんとしてもイギリスに留学したくて・・・・・・」
その言葉を龍さんは無表情で聞いた。
「責任は?」
呟くように龍さんが言う、ボクは耐えきれず口をはさむ。
「長さんがお金をコッソリ持ち出して帳簿を誤魔化してることはボクも知ってました。だからボクにも責任が・・・・・・」
龍さんは黙ってボクと長さんを見つめた。
「近藤長治郎は切腹! 介錯人は吉田一作!」
ボクは、衝撃を受けたボクが、長さんの首を刎ねなくてはならなくなった。
次の日の朝、長さんは身体を洗い身を清めた後に浅黄色の着物を着て刑場へ向かった。
ボクはせめて苦しまないようにと緊張しながらその時を待った。
長さんの顔は穏やかだった。ボクに「いろいろとありがとう」といい正座して深呼吸をした後、自ら腹を切った。
長さんゴメンと思いながら、ボクは刀を振り下ろして長さんの首を刎ねたんだ。
「泣いて馬謖を斬るしかなかったぜよ」
泪を流しながら龍さんは言った。
亀山社中のみんなで長さんのお葬式の準備をした。
一通りの長さんの追悼が終わった後、ボクは龍さんに辞表をだした。
「お前までいなくなったら帳簿付ける係は誰がやるぜよ」
龍さんは、そう言ってボクを引き留めたが、ボクは心に決めた返事を返す。
「近藤さんを死なせた責任です」
「そうか、それでこれからどうするぜよ?」
龍さんは残念そうに聞いてきた。
「江戸に戻って、また蕎麦屋でも始めます」
ボクが答えると龍さんは少し俯いた。
「何かあったら勝海舟という人を訪ねろ、きっと助けになってくれるぜよ」
そう言って龍さんは退職金としてボクにお金の入った箱をくれた。
「たっしゃでな」
龍さんが手を差し出してきたのでボクも手を差し出した
「龍さんこそ元気でね」
この握手が、別れの挨拶になるとはこの時、ボクは全く思いもしなかった。
こうして、亀山社中を辞めたボクは、再び江戸へ向かい旅に出た。
夕日が、やたらとまぶしい日だった。
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