勝海舟との出会い

 ボクは江戸に戻り、再び蕎麦屋をはじめることにした。

 亀山社中の退職金が、思ったよりたくさんあったから今度は屋台ではなくて店舗を構えることにしたんだ。



 屋号は、もちろん「吉田屋!」

 お店の二階に住めるようにして商売を再開して、瞬く間に繁盛店になったんだ。

 安くて美味しい蕎麦とうどんを出したら口コミでどんどんお客さんがやってくるようになったんだ。

 お侍さんから町人、旅人、いろんなお客さんが蕎麦やうどんを食べて、そしてお酒を飲んでは激論をしていた。



 ある日のお昼過ぎ、上等な着物を着たお侍さんがのれんをくぐって入ってきて、「盛り蕎麦とヒヤ急いでできるか?」と大きな声で聞いてきた。

 ボクはすかさず「できます。お作りいたしましょうか?」と答えると「あぁ頼むよ」とお侍さんは返事をして、ボクの店の奥のほうに腰掛けてキセルでタバコを吸い始めた。

 ボクが蕎麦と冷や酒をお侍さんの席に出すとそのお侍さんは蕎麦に何も付けないで食べて一言「主、若いのにたいした腕じゃないか!?」そして、蕎麦を少しつゆにつけて食べると「鰹と昆布の合わせダシとはつゆのほうもなかなかやるではないか!?」と笑いながらボクのお蕎麦を絶賛して褒めてくれた。



 ボクは、照れ隠しをしながら厨房に戻ろうとした。

 そのときだった・・・・・・

 店の戸を勢いよく開けて血相を変えた若いお侍さんが「勝先生! 大変です!」と大声を張り上げた。

 「おいおい何が大変だって言うんだよ? それによく俺がここにいるってわかったなぁ」

 もしかして、このお客さんが、龍さんの言ってた勝海舟という人? 

 そして、若いお侍さんが息を切らせながら「先生がいつもの蕎麦屋にいないから聞いてみたら今日は新しくできた蕎麦屋に行ったと聞いたからここだとわかったんです。それよりも大変なんです!」

「わかった! とにかく落ち着け、おい主、悪いがこいつに茶を出してはくれないか?」

「お茶どころではありません! 坂本さんが、坂本さんが殺されたんです!」

 それを聞いたボクは驚いてお茶を入れた湯飲みを落としてしまった。

 ボクは、よほど驚いたのか熱さは感じなかった。



 勝海舟は、残っていた酒を飲み干すと「お前さんそれは事実かい?」とつぶやいた。

「はい、事実です。京から知らせが入りまして、坂本龍馬と中岡慎太郎は何者かに襲撃され坂本龍馬は死亡、中岡は重体とありましたが、中岡の方もおそらくは・・・・・・」



 しばらく静寂の時が流れた。

 そして、バチンと大きな音が鳴り響いた。

 「俺より若い連中が死んでく、なんて時代なんだろうな?」

 勝海舟は独語してうつむいた。そして手を震わせながらチョウシからおチョコに酒を注ぎ「若い維新志士、二人に献杯」と泪を流しながら言うと「すまねぇ一人にしてくれねぇか?」と若いお侍さんを見つめた。

 若いお侍さんは頷くと何も言わずに店を出て行った。

「すまねぇ箸を折っちまった。新しい箸とそれにヒヤを追加で」



 ボクも泪をぬぐい「かしこまりました!」と威勢のいい声を張り上げ、勝先生の元へ冷や酒を運び「今日は貸し切りにいたしますね」と一声かけると「ありがてぇ、礼ははずむからよ」と返して来たので、ボクは「礼は不要でございます。勝先生、お一人になりたいとはお聞きしましたが、できればボクも同席させてください」勝先生は不思議そうな顔をしながらしばらく考え込んだ。

「もしかして、お前、吉田一作か? 坂本くんから話は聞いてる。大歓迎だ! よし決めた! 同席して良い! そして、この店にある酒と食い物をどんどん出せ! たっぷり呑んで、たっぷり食うのが一番の供養になるからよ!」



 こうして店を閉めた後、二人でとにかく龍さんたちのことを語り、飲み明かした……

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

たぬきのポンちゃん 猫川 怜 @nekokawarei

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ