第42話 責任


「え……嘘……」


 信じられないといった様子で呟く触手娘に、俺は言葉を続ける。


「本当だよ……。時計を見たわけではないけど、もう30分は過ぎてるはずだ」


「30分? 私が聞いたのは死ぬまで永久苗床コースって話なんだけど……」


「は……? 選ぶわけないだろ。そんなやばいコース。誰がそんなこと言ってたんだよ……」


「店長だけど……」


 なるほどな……話が見えてきたぞ。やはり犯人はリリィさんだったか……。

 助けてくれた上に、えっちなサービスを無料で提供してくれるなんて、どうりでおかしいと思ったんだ……。


 きっと最初から俺を客として迎えるつもりなんてなかったに違いない。

 見かけによらず、とんでもない人だな……。


「と、とりあえず……俺は帰るから……。この拘束を解いてくれるかな……?」


「……私とえっちなことしてくれないの?」


 不安げに見つめてくる触手娘。心なしか瞳も潤んでいるように見える。

 その可愛らしい仕草に一瞬、心が奪われかけたが、なんとか首を横へ振って雑念を振り切った。


「ごめん……最初にも言った通り、挿れるのはちょっと……」


「じゃあ、お尻は!? ダメかなぁ?」


「いや……それも勘弁してくれ……」


「そっかぁ……残念……」


 触手娘は心底残念そうに項垂れると、渋々といった感じで俺の手足を解放してくれた。


「連絡先だけでも教えてもらってもいい?」


「そう言われても……俺、連絡できるもの持ってないし」


「…………」


 途端にムッと膨れる触手娘。

 機嫌を損ねてしまったようだが、事実、俺は連絡手段を持っていないため仕方がない。

 しばらく無言で立ち尽くすこと彼女だったが、やがて諦めたのか、大きくため息をつくと口を開いた。


「……とってくれないの」


「へ?」


 間の抜けた声で聞き返す俺に、彼女は驚くほど低い声で言い直した。


「責任とってくれないの?」


「責任……? ちょっと何言ってるのかわからないです……」


「私をこんな姿にしたんだから、最後まで面倒見るのが筋じゃないの?」


 確かに正論ではあるが、納得できない部分もある。そもそも、こうなる原因を作ったのはリリィさんな訳で……。

 俺が責められる謂れはないと思うのだが……。


「む、無理だよ……。責任を取るなんて……。そもそも、悪いのはリリィさんだし……」


「……そう。じゃあ店長をヤれば、責任はお客さん持ちになるんだね?」


「え? いや、そうはならんでしょ……」


「ちょっと待ってて、いま店長をヤってくるから」


 それだけ言い残すと、触手娘は部屋を飛び出して行った。


「……俺、帰ってもいいかな」


 叶うならば、無関係の人間としてこの場から立ち去りたいものだ。

 しかし、僅かに残ったリリィさんへの恩義がそれを許してはくれなかった……。

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