第34話 間接キス

「ほれ、アオイ! 約束通り一口くれてやる。口を開けろ。あーんじゃ。あーん」


「あーんはしなくていい。ていうか、フルーツはどこにいった? なんでお前のはプレーンなんだ?」


「そんなもん全部食ったに決まっておろう。うまかったぞ」


 ふざけてやがる……。それじゃあ、交換する意味が無いじゃないか。


「安心せい。交換する意味ならちゃんとあるぞ。なんせ、このクレープはワシが口をつけたものじゃからな。それだけで十分な価値があろう?」


「あるわけないだろ。だれがお前と間接キスして喜ぶんだよ……」


「はあ? 喜ぶじゃろ! こんなに美しいワシと間接的にでも口づけができるのじゃぞ!? 泣いて感謝しながら、ありがたく舐めまわすのが筋じゃろうが!」


「ありがたくもなんともねぇよ……」


「それはキサマがおかしいだけじゃ」


 イズナは一度でも鏡を見たことがあるのだろうか。

 中身を抜きにすれば、可愛いと言われることはあるかもしれない。だが、美しいと言われることはまずあり得ない。

 そして、可愛いというのも、子供らしい可愛さであって、恋愛対象として見られる可愛さでは断じてない。

 だからもちろん、イズナと間接キスをして喜ぶ奴はいない。いたとしてもそいつは犯罪者だろう。


「そういうことは自分を客観視してから言え、ロリババア」


「なんじゃとぉ!? うるさい! このロリ巨乳め!」


「誰がロリ巨乳だ!」


「やはり胸か! 胸がないと欲情しないのか!」


「うわ! やめろ!」


 突然、背中からイズナの手が伸びてくる。狙いは言わずもがな、俺のおっぱいだ。彼女の小さな手が胸を揉みしだくように動く。その手つきからは悪意しか感じられない。


「くっ……やめっ! んっ……」


 思わず変な声が出てしまう。それを聞いた周囲の人たちの目が一斉にこちらに向くのを感じた。

 明らかに軽蔑の視線だ。


「んふふ……。どうじゃ? 気持ちよかろう? ここか? ここがいいのか? SP溜まっちゃうのか?」


「くそっ……あふぅ……いい加減にしろ。あっ……んぐっ……背中から倒れるぞ? いいのか、お前潰れるぞ?」


「やれるもんならやってみろ。ワシが死んだらキサマも困るはずじゃがのう?」


 クソ……。コイツ以外に俺を戻してくれる神様いないのかな。そしたらコイツを心置きなくボコれるのに……。

 コイツのためにKPを貯めるよりも、新しい神様を見つける方が、男に戻るのに手っ取り早く思えてきた。


「なんだか楽しくなってきたぞぉ。どれ、もっと激しくしてやろう」


「ちょっ……マジでやめっ……ひぅっ……」


 周囲の視線がどんどん冷たいものに変わっていくのがわかる。

 特に女性の視線が痛い。


 これ以上イズナの好きにさせれば、社会的に死ぬの。

 もはやこんなクソ野郎の心配をしている場合ではない!


「いい加減しろぉ!」


 そう思った俺は背中から思いっきり地面にダイブした。そうすれば、もちろん背中にいるイズナは潰れるわけで……


「ぐへっ……!」


 カエルを踏み潰したような声が聞こえたのを最後、俺の胸を揉みしだいていた手は完全に脱力した。


「危ない危ない」


 ダイブした地面を見ると、ピクピク痙攣している狐娘の姿があった。白目を剥き、口の端から泡を吹き出しているその姿はとてもじゃないが直視できないほどの惨状だ。


 しかし、自業自得である。俺にセクハラをした報いを受けたのだと思えば、同情の余地はない。むしろザマァみろという感情さえ湧いてくるくらいだ。


「あ……が……キサマ…………やりおった……な……」

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