第32話 行け! アオイ号!
街に出ると、相変わらずたくさんの人が行き来していた。平日だというのにすごい人だかりである。
「はぁ。歩くのダッル、マジダッルッ。おいアオイ、キサマその金でタクシーでも拾え」
「呼ぶわけないだろ。てか、さっきまではあんなにノリノリだったじゃん。いきなりどうしたんだよ」
「うるさいのう……ワシは神じゃぞ? なんで人間と同じ大地の上を歩かんといかんのじゃ」
タクシーも同じ大地の上を走ってると思うのだが……。
まあ、言いたいのはそういうことではなく、自分の足で歩きたくないということだろう。
「そうか。だったら、俺は一人で行くよ」
「待てい! なんでそうなるのじゃ! キサマがタクシー代わりになればいいじゃろうが! ワシの忠実なる眷属であろう!?」
「なんでだよ。タクシー代わりとか普通に嫌だわ。別に忠実でもないし」
「ぐぬぬ……」
「それじゃあな。また後でな」
俺は手を振りながら立ち去ろうとする。だが、そんな俺を引き止めるように、イズナは俺の手を掴んだ。
「……なんだよ?」
振り返ると、そこには涙目になった幼女がいた。上目遣いでこちらを見つめている。
その姿はまさに捨てられた子犬のようで……不覚にもちょっと可愛いと思ってしまった。だが、騙されてはいけない。こいつの正体は変態ロリババアだ。きっと泣けば俺が簡単に折れると思っているに違いない。
だから、心を鬼にして突き放さなければ……
「うぅ……。お願いじゃ。アオイ、ワシは本当にもう歩けんのじゃ。だから、おんぶでも抱っこでもいいから、運んでくれんか……?」
そんな思いとは裏腹に、イズナの訴えかけるような瞳を見ていると、なんだかこちらが悪いような気がしてきた。
もし、これが演技だとしたらアカデミー賞ものだと思うが、おそらくそうではないのだろう。彼女は本当に困っているのだ。
そう思うとなんだか可哀想になってきた。
「でも……」
「頼む……! もう一歩も動けんのじゃ……!」
必死に懇願してくる彼女を見て、俺の心は揺れ動く。
中身はクズ野郎のくせに、見た目はこんなに可愛らしいのだからズルいよな……。こんな姿を見せられたら誰だって手を差し伸べたくなるだろうに。
「仕方がないな……。少しだけだぞ」
結局、折れたのは俺のほうだった。
「本当か!? さすがはワシの最高の眷属なのじゃ!!」
「はいはい。眷属ですよ……」
打って変わって満面の笑みを浮かべるイズナ。
その無邪気な笑顔は反則だ。そんなの見せられたら、怒れるわけないじゃないか……。
まったくずるい神様もいたもんだ。
「ほら、どうぞお嬢様」
俺はしゃがみ込み、背中をイズナに向ける。すると、イズナは嬉しそうに背中に飛びついてきた。その体はこの前背負った時よりもいくらか軽く感じる。
あの時は目覚めたばかりだったからだろうか。今ではイズナを背負っていても苦にはならない。むしろ、軽いくらいだ。
「ふふふ……。アオイ、いま変なことを考えておったじゃろ……」
耳元で囁くように言われ、ゾクッとした感覚に襲われる。吐息が耳に触れ、くすぐったいやら気色悪いやらで変な気分になりそうだ。
サボっている間に飲んだであろうジュースの甘い匂いが鼻腔をくすぐる。
思わずドキッとしてしまった自分が情けない。
相手はあのイズナだぞ? 落ち着け……
「いや、全然。軽いと思ったくらいだな」
「嘘つけ! 絶対えっちなこと考えてたじゃろ!! ワシのグラマラスボディに興奮したんじゃろ!? このむっつりスケベめ!」
「しねーよ」
いや、確かに太ももは柔らかかったけどさ……。
俺だってちゃんとわきまえているんだ。
イズナが合法だからって欲情したりなんかしない。
「ぐぬぬ……だったら、これならどうじゃ!」
何を思ったのか、イズナは突然俺の首に手を回し、体を密着させてきた。
さらに、尻尾まで体に巻きつけてくる始末だ。彼女の柔らかい肌の感触や体温を感じることができるくらいに強く抱きしめられる。
「や、やめろ! そんなことしたって無駄だからな!?」
「むぅ……。ちっちゃいかもしれんが、ワシだって女なんじゃからな! 少しは意識せんかい!」
背中に乗っているのをいいことに俺の頭をポカポカと殴ってくるイズナ。見なくても大分お怒りなのは伝わってくる。
しかし意外だ。てっきりそういった感情は持ち合わせていないと思っていたのだが……。
「わかったよ。悪かったから暴れるなって」
周囲の目が痛いので早くやめてほしい。さっきからすれ違う人たちがこちらをチラチラ見てきている。
俺と目が合った人たちは皆バツが悪そうに目を逸らしていた。中には顔を赤らめている人もいるようだ。このままでは通報されかねないかもしれない。というか、すでにされている可能性もあるな……。
「むう……仕方ないのう……」
「それで、どこに行きますか。お嬢様」
「うむ! まずはこの道をまっすぐ前進じゃ! 行け! アオイ号!」
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