第31話 金の価値

「「え?」」


 突然の帰宅命令。ついさっきまで言い争っていた2人の声が重なる。

 一体どういう風の吹き回しだろうか。まさかクビ? クビなのか?


「ど、どうしてですか?」


 恐る恐る理由を尋ねる。すると、返ってきた答えは意外なものだった。


「一昨日は良く頑張ってくれたからな。今日はゆっくり休んでくれ」


「え、でも、それだと人手が……」


「心配すんな。お前らの分はミーシャにやらせる。あの件以来、アイツも少しは働くようになったしな。それにお前らがいなければ客入りも少ない」


「そ、そうですか……」


 あれだけ怒られても少ししか働かないミーシャで大丈夫なのか?

 いや、しかし今はそんなことを考えても仕方がない。せっかく帰らせてくれるというのだ。ここは素直に厚意を受け取っておくべきか。


「ああ、それとこれも渡しておくな」


 店長のポケットから袋が2つ取り出される。

 あれはもしや……


「給料だ。受け取れ」


「ええ!? でも、まだ数日しか働いてないのに……」


「いや、いいんだ。お前らには早くルナのところから離れてほしいからな」


「へ?」


「アイツのクソみたいな派遣業ごっこにこれ以上付き合う必要はないってことだ。知ってるか? アイツ、お前らの給料の5割をピンハネしようとしてたんだぞ?」


 アホか……。どんな悪徳派遣業社でも、派遣社員の給料の半分をマージンにはしないぞ……。

 ルナの奴。あんな人畜無害そうな顔をしておきながら、なんて腹黒い女だ。警戒しておかなければ、情報や金だけでなく、全てを奪われかねないぞ。


「それじゃあ、その中にはいくら入っておるのじゃ?」


「3000ドーラくらいだな」


「なるほどな……。ところで、3000ドーラあると何が買えるのじゃ?」


「は? お前ら……もしかして金の価値も知らないのにレジ打ちしてたのか!?」


 信じられないといった表情で俺たちを見つめる店長。

 しょうがないじゃないか。こちとら異世界から来たばかりなのだ。金の価値など知るわけがない。

 買い物も全てルナがいつの間にか済ませてるし、この世界の通貨についても何も教えてもらっていないのだ。


「悪いか? 別に打ち間違いをしているわけではないからいいじゃろ? あ、でもこの店の弁当が5ドーラくらいのやつが多いのは知っておるぞ。買っていくやつが多いからな」


「金の価値も知らないなんて……お前ら本当にどこから来たんだ……。まあいいか。3000ドーラあれば、30日は余裕で暮らせるくらいの価値だな。贅沢しなければ、貯蓄だってできるはずだ」


「ふむ……。日本円換算で1ドーラ大体100円くらいか……。それにしても、結構くれるのだな。2日働いたけなのに。しかも半分はゴミ女にピンハネされるんじゃなかったのか?」


「ルナにはお前らの給料は100ドーラだって伝えてある。額が多いのは期待を込めてだ」


「要するに、ワシらが思ったより使えて、客寄せにもなるから、逃がしたくないってことじゃな」


「まあ、そういうことだ。あと、これはルーの分だ。持っていってやってくれ」


「うむ」


 イズナは小さな手で袋を二つ受け取る。そして、それを尻尾の中に収納した。

 まるで四次元に繋がっているポケットみたいな尻尾だな。

 

「さて、アオイよ。金を手に入れたらやることは一つしかないのぅ?」


「貯金か?」


「アホか! ショッピングじゃ! ほれ、さっさと行くぞ!」


 そう言って俺の腕を引くイズナ。

 こういう計画性の無さが、いつしかの穴から出られないという結果を生んだのだろうが……別にイズナが自分の金をどう使おうが俺には関係ないか。


「わかったから、引っ張るのやめろ! チビのお前に引っ張られると転びそうになるんだよ!」


「それはキサマの胸がデカいからじゃろうが。つべこべ言わずにさっさと歩け!」

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