ヌルヌル……グチョグチョ♡

第30話 触手の足音

「ありがとうございました〜」


 客の背中を見送り、俺は大きく伸びをする。

 少し慣れてきたのか、初日ほどの疲労感はない。

 まあ、そもそも初日が異常だっただけな気もするが……。


「まだ昼か……」


 外を見ると、太陽はまだ高い位置にある。

 仕事が終わるまではまだまだ時間がかかりそうだ。


「……早く帰りたい」


 拘束されるのが嫌というわけじゃない。ただ、俺にはやらなければならないことが山ほどある。

 風邪をひいたルーの看病とか、オムツを買いに行くルナの妨害とか、SPの補充とか……

 SPがなければ俺は胸が大きいだけのただの女の子だ。このバイオレンスな異世界を生き抜くことは叶わないだろう。


 それに、この前のフェアチキドラゴンの件もある。もしアイツが本当にあの件を拡散していたとしたら、いずれ【モン娘化】を求めて魔物が押し寄せてくるかもしれない。

 その時に「すみません! 【モン娘化】はできません!」などと言ったらどうなるだろう?


 フェアチキのために店を破壊する奴らだ。モン娘化するためなら、俺を触手池に落として無理矢理SPを貯めさせることくらいはやりかねない。

 そうなったら最悪だ。


 俺としては、SPを貯めることに異論はないが、になにかをイレルことだけは絶対に避けたいのだ。

 ましてや、それが無理矢理のヌルヌル触手プレイだなんて……。


「…………」


 思わず前世で見たえろ同人を思い出してしまった。


 ヌルヌル……グチョグチョ…………


 脳裏にそんな擬音が浮かんでくる。そういえば……あの漫画の中の女の子は、とても気持ちよさそうな顔を……。


「ゴクリッ……」


 そんなことを考えていると、だんだん体が熱を帯び始めた。

 心臓の鼓動が速くなり、息が荒くなる。


 やばい……何考えてんだ俺……。

 俺は慌てて首をブンブンと振る。


「キサマ……なぁに気持ち悪い顔しとるんじゃ……」


「っ!?」


 突然背後から声をかけられて、俺は肩をビクリと震わせる。振り返ると、そこには目を細めたイズナの姿が。


「な、なんでもないよ!?」


 慌てて取り繕うが、イズナはこちらを凝視したまま動かない。


「ははーん。キサマさてはエロいことを想像しておったな?」


「ちっ……違うし!」


 なんとか否定するものの、イズナの顔からは疑惑の色は消えない。むしろ、ニヤついた表情がどんどん濃くなっていく。


「はぁ……これじゃから男は。ちんこと脳みそが直結しておるのだなぁ本当に。まぁ、今のキサマにはちんこなどないのじゃが! ぷぷっ!」


「うぐっ……」


 イズナが笑いを堪えながら言う。


 いちいち気に触るやつだな……。

 だが、実際えっちな妄想をしていたのだから、言い返すこともできない。


「どうせ、女の子が触手にぐちゃぐゃにされるエロ同人に自分を重ねておったとかそんなところじゃろう? ワシにはわかるぞ。日本の男子に『TSしたら何したい?』と聞いたら5割が『触手にむちゃくちゃにされたい』と答えるそうじゃからの〜。全く嘆かわしい。そんなものは二次元でしか起こり得ぬことだというのに……」


「うぅ……」


 なんでわかるんだよ……!?

 本当はKPがもうある程度溜まってて、神眼みたいなのを使ってるんじゃないのか?


 というか、なんだよ『TSしたら何したい?』って……。そんなアンケート本当にあったとしても、絶対に解答者偏ってるだろ。

 そうでもなければ、5割が『触手にむちゃくちゃにされたい』なんて答えないはずだ。


「だが、よかったなアオイ。この世界にはテンタクルがいるらしいぞ。キサマは哀れな5割の男子と違って、本当にその願いを叶えられるかもしれないな。ぷぎゃ…………」


「ばっっっっかなんじゃねぇの!? 俺が触手プレイの妄想なんてするわけないじゃん!!!」


「お、おい……そこまで熱くならんでも……図星に見えてくるぞ…………」


「ほんと、馬鹿なんじゃねーの? というか、イズナは馬鹿だろうが! 勝手に謎の憶測を語って人の性癖を決めつけるのはやめろ! ばーか! ニート! ヘボ神様! お前なんか豆腐の角で頭打って死んじまえ!」


「お、落ち着け……」


 怒りに任せて罵声を浴びせ続ける。

 この変態ロリババアが……。好き放題言いやがって。

 確かに、触手の妄想をしてはいたが、そこまでいう必要ないだろ。


「触手沼に落ちて、触手で一生その口をふさがれちまえ!!」


「えぇ……」


 イズナは困惑した様子で後ずさりする。


「お前ら何やってんだ……」


 いつの間にか店長もやってきていたようだ。呆れたような視線を送ってきている。


「イズナが俺のことをバカにするんです……」


「あ、あーそうか。喧嘩はほどほどにな……」


 心底関わりたくなそうな表情の店長。彼は話を逸らすようにコホンと咳払いをした。


「それはそうと、お前ら、今日はもう帰っていいぞ」


「「え?」」

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