第二章

小休憩

第29話 おもらし

「んぁ…………」


 窓から差し込む日射しで目が覚める。

 意識が覚醒してくるにつれて、体に不快感を覚えた。下半身の方だ。何か湿っぽい。


「ん?」


 イズナのヨダレでもかかってしまったのだろうか。そう思い、俺は視線を下げる。

 すると、そこには信じられない光景が広がっていた……。


「なっ…………なん……だと……」


「ふぁ? なんじゃアオイ……またワシのパンツを…………はっ!?」


 俺の声に反応するように、イズナが目を覚ます。彼女は寝ぼけ眼を擦りながら俺の下半身を見ると、一瞬にしてその意識を覚醒させた。

「き、キサマ……もしかして……」


「あ、いや……これは違くて……うぅ……」


「……わかった。とりあえず隠蔽工作をしなければ。ゴミ女が来る前に!」


「私がなんだって?」


 イズナが言いかけたところで、ソファーの上から声がした。

 見ると、そこにはこちらを覗くルナの瞳が。


「こ、こっちを見てはならん!」


 イズナが咄嗟に俺の下半身に覆いかぶさる。おかげで見られてはいないようだ。しかし、これじゃあ余計に怪しく見える気もする。


「それで隠したつもり? 臭いが消せてないよ?」


「は!? しまった!!」


 ルナの指摘を受けたイズナが、尻尾を高速回転させ始めた。しかし、今更臭いを消したところでもう遅い。


「そんなに必死にならなくたって私は怒ってないよ☆ でも、驚いた。まさかアオイちゃんがおもらしするなんてね〜」


 哀れむような視線でこちらを見つめてくるルナ。

 やめてくれ……。そんな目で見られると、死にたくなってくる……。


「あぁ……………う、うぅ……」


「そんな直球で言うでない! ほら、見てみぃ。アオイが泣いてしまったじゃないか!」


「ごめんごめん。本当に驚いちゃって☆ 言葉選びをする暇がなかったよ♪」


「ぐすっ……うぅ……」


 もうダメだ……。女の子の前でお漏らしなんて……。しかも二人。もう生きていけないよぉ!


「それにしても、本当になんでお漏らししちゃったの? 昨日はいろいろあったから疲れちゃった?」


「…………」


「黙っててもわからんぞ」


「わからなかった……」


「へ? なにが? トイレの場所とか? でも家の中はちゃんと案内したはずだけど……」


「仕方がわからなかった……」


「そういうことか……」


 イズナはことの原因を理解できたみたいだが、ルナは未だに理解できていない様子だ。


「どういう意味? しかたって……まさかおしっこの仕方じゃないよね?」


「…………」


 無言で首を縦に振る。


「えぇ…………」


 ルナにドン引かれた。もうおしまいだ……。滅多なことでは引かなそうなあのルナにドン引かれた!!


「アオイちゃん……」


「うっ……」


 ルナの同情するような視線が痛い。

 いっそ殺してくれ……。


「待て待て! アオイにも事情があるんじゃ! そんな目で見てやるな!」


「おしっこができない事情って何? おしっこのやり方なんて赤ちゃんで習うことだよね?」


「うぁぁあぁあ!!」


 言葉の槍がグサグサと俺の尊厳に突き刺さった。イズナが必死に擁護しているのが、余計に恥ずかしさを煽ってくる。


「俺は赤ちゃん以下……」


「いやいやいや! そんなことはないぞ! なあ、ルナ!」


「う〜ん……」


 いまいち納得のいかなそうな表情を浮かべるルナ。しばらく考え込んだあと、彼女は口を開いた。


「まあ、そういうことなら……」


「やっと理解してくれたか!」


「まずはトイレトレーニングしないとだね☆」


「は?」


 ルナの口から飛び出したのは、予想もしていなかった単語だった。


「トイレトレーニング……だと?」


 それってあれか? 赤ちゃんがママと一緒にトイレの練習したりするアレのことか? そんなのできるわけないだろ!? かなり高度な赤ちゃんプレイでもそこまではしないぞ!?


「じゃ、早速トイレで練習しようか♪」


「え、いや……待って……」


 俺はイズナに視線を送って助けを求める。しかし、彼女ももはやこれ以上はフォローできないといった感じで、両手を合わせていた。


「いってら……」


「いやだぁぁぁあぁぁあ!!!!」


 ☆★☆


「はーい。そこに座ってー☆ おー! えらいでちゅね〜♪」


「うぅ……」


 結局、俺はルナに言われるがまま、便座に座らされていた。

 しょうがないとは思うのだが、狭いトイレの中にルナと二人きりで、しかも排尿を見られるというのは羞恥プレイ以外の何物でもない。


「な、なぁその口調やめてくれないか……」


 流石にここまで幼児扱いされると、プライド的なものが崩壊してしまいそうになるのだ。


「どうして? この方がそれっぽいでしょ? やめてほしかったら早く一人でおしっこできるようになってね☆」


「うぅ……」


 こんな状況じゃ出るもんもでないだろ。


「じゃあ、まずは服を脱ぎ脱ぎしましょうね〜」


「それぐらい流石にできるわ……」


「服を脱いだら、お腹にぎゅっと力を入れてみて☆」


「ん……」


 言われた通りにやってみる。しかし、一向に何も出てこない。


「出ない……」


「うーん。最初から綺麗に座ってやるのは難しかったかな? それなら便座に足をついてお股を開こうか♪」


「は?」


「はい、せーの!」


「ちょっ!」


 俺の両足は、ルナの手によって強制的に開かれた。

 抵抗する間もなく、俺の大事な部分が彼女の眼前に晒される。


「は〜い☆ もう一回お腹に力を入れて〜!」


「う、うぅ……」


 ルナの視線が痛い。痛すぎる。

 裸だって見られているのに。シチュエーションが変わると、こうも違うものなのか……。


「あっ……」


 ちょろろろ…………


「おー! えらいでちゅね〜! よしよし♪」


 本当に赤ちゃんの頭を撫でるように、ふんわりと優しくルナの手が俺の頭に触れる。

 もはや、ルナの一挙手一投足が俺の心を蝕んでいく……。もう死にたい……。


「んっ……」


 チョロ……ジョボッ……ショワァア……


 女の子の排尿は男のそれとは少し違う感覚だった。管がないせいだろうか……。それとルナに見られているのも関係あるかもしれない。


「ふぁっ……」


 チョロチョロチョロ……


 音と匂いが、否応なしに自分が置かれている状況を認識させる。そして、その度に心が削られていくような気分になる。

 もう嫌だ……。誰か助けてくれ……


「んぁ……」


 ポタッ……ポタッ…………


 ようやく俺の長い恥辱の時間は終わった。

 しかし、その頃には俺の心のライフポイントは0に等しかった。


「よくできまちたね〜♡」


 そう言って、ルナは俺の頭に手をポンと置く。


「うぁぁあぁ……」


 俺は泣き出してしまった。それはもう盛大に。

もう二度とお漏らしなんてしないように気をつけよう……。そう心に誓うのであった。

 俺はただ泣くことしかできなかった……。

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