第27話 帽子
☆★☆
「その帽子外してみてくれないかな?」
少女の姿を見るなり、ルナはそう言った。
しかし、少女は首を横に振るだけで、決して取ろうとはしない。
「……いや……です……」
少女は小さな声でそう呟くと、ルナを鋭く睨みつけた。
その瞳からは、明確な敵意が感じ取れる。
「そっか……いやか……。それなら仕方ない☆……といつもの私なら諦めるところなんだけど、私にも譲れない時があるんだよね☆ 例えば、今とか」
「…………」
「無理矢理って言うのは嫌いなんだ。だから、まずはお話をするとしようか☆」
ルナは少女の目線に合わせるようにしゃがみ込むと、懐から数枚の写真を取り出した。
ここまで技術が発展しているのだから、写真は存在するだろうと踏んでいたが、予想通りだったようだ。
「ここに10枚の写真がある。全部キミが写っているね」
少女に見せつけるように写真をチラつかせるルナ。
しかし、少女の方に動揺の色は見られない。
「一見、どれもこれも普通の日常を切り取った、ただの写真だ。けれど、これら全てを見比べると、ある違和感に気づくはずだ」
違和感?
どの写真も普通の写真にしか見えないが……少女が今と同じ、姿で……帽子を被っていて……違うのは服装くらいだ。
撮影された場所は、わかるものとしては、山や川、街角といったところか。それ以外は、どこか知らない屋内で撮られている。
「……?」
やはり、違和感らしきものはない。
強いて言えば、少女が思ったよりも活発的だったことくらいだろうか?
こんなに陰のオーラを漂わせているのに、まさかアウトドア派だったとは……。
「わからないかな? この写真に写っているキミはいつもどこでも帽子を被っているんだ! 不自然だとは思わない?」
「……!」
少女の顔に明確な動揺の色が浮かぶ。
ルナの言う通り、全ての写真の少女は、必ずと言っていいほど帽子を被り、それは川であろうと山であろうと、例外はなかった。
「まあ、屋内で被っているのはいいとしても、この川のやつなんて、全身ずぶ濡れになっているにもかかわらず、帽子を脱いでいない。こっちのやつは、頭から血を流しているというのに、それでも脱ごうとしていない。一体なんでかな? 私の推測ではその中に何か見られたくないものでもあったんじゃないかな〜☆って思ってるんだけど?」
「そんなもの……ありません……。これはお母さんの大事な……形見だから……だから、外したくないんです……」
声を震わせる少女。その震えが緊張によるものなのか、恐怖によるものなのか、はたまた怒りによるものなのか、俺にはわからない。
けれど、それもすぐルナの手によって解き明かされてしまうのだろう。
「そっか。形見だからか……。それはすごいな……。君のお友達はみんな帽子を形見として持っているのかな?」
「え…………」
ルナの袖口から更に数枚の写真が現れる。そこには少女だけでなく、彼女の友達らしき女の子たちもいて…………皆一様に帽子を頭に載せていた。
「あ、ああ……」
「ごめんね★ 脅かすつもりはないんだ。でも、どうもおかしくてね。話がちょっと逸れるけど、昨日、私はとある人たちと出会ってね。彼女たちは皆奇妙な姿をしていたんだ」
俺たちのことだ……。ルナは俺たちの姿を受け入れてくれたのかと思ったが、やはり奇妙には思っていたのか……。
「さらにだ。彼女たちの口からは『もんむす』なる妙な言葉がでてきて、さらにさらに、彼女たちは魔王を名乗った青年をモンスターのような特徴を持った女の子に変えてしまった」
「…………」
「どれか一つなら、妙な女の子がいるな☆と思うだけだった。けど、こんなにも怪しいことを目の前でされると、職業柄、それらをつなぎ合わせたくなるんだ」
少女は目を大きく見開いて、口をパクパクさせている。恐らく、彼女も薄々勘づいてきたのだろう。
「そして、私はこう考えた。彼女たちは魔物と人間の狭間にいる存在なのでは……と。もちろん、これはただの過程に過ぎない。私だってそんな存在がいるなんて聞いたことないからね。でもそれが一番しっくりくるんだよね☆」
まさか、昨日から今日までの間にルナがそこまで俺たちのことを分析していたなんて……。
なにがモン娘の存在をできるだけ隠そうだ。バレバレじゃないか!
「もんむす。おそらくこれは何かの略称。むすのほうが何かはわからないけど、もんの方はおそらく魔物、モンスターの略だろう」
嘘だろ……。まさかルナがここまで俺たちの正体に迫っているなんて……。
たった1日だぞ? 俺たちがザルすぎるのか!?
「さてと……今の話から、魔物と人間の狭間に位置する存在の可能性が示されたわけだけど……キミはどうなのかな?」
「……っ」
少女の顔色が目に見えて悪くなっていく。おそらくルナの推理は正しいのだろう。
今にも逃げ出しそうな少女だが、逃げれば肯定したのも同じだ。それはわかっているのか必死に踏み止まっていた。
「私が知っている彼女たちは皆頭に特徴を持っていてね。耳やら角やらいろいろとあるけど、キミも似たようなものが…………」
「……っ!!!」
ルナが言いかけたところで、風切り音がその場を支配した。
一瞬の静寂。直後、地面に赤い雫が滴る。
「ルナ!!」
いつの間にか少女の手には鋭い爪が生えており、その先端はルナの首元を捉えていた。
「あ……あぁ…………」
振りかぶった勢いで少女の頭から帽子が落ちる。
そこから現れたのは、少女の髪色と同じ銀色の毛に覆われた獣の耳。
「ち、ちがう…………殺す……気なんか……なかったのに……」
少女は自らの手を眺めながら、怯えた様子でそう呟いた。
彼女の瞳からは涙が溢れ、その体は小刻みに震えている。
「…………少し……痛いな……」
「え?」
……生きていた。
ルナは首筋を手で押さえながらも、平然とした表情で立っていたのだ。
「る、ルナ?」
あんなにも鋭い爪で首を切られたというのに……もう、血の一滴すら出ていない。
「でも、よかった☆ 私の推理は合ってたみたいだね!」
「なん……で……」
少女は困惑した様子でルナを見つめている。
「どうして……死なないの……ですか……?」
「んー……それは秘密☆ キミも頑張って推理してみれば? あ、でもキミはこれからギルドの人たちに捕まっちゃうんだから、証拠集めなんてできないか☆」
わざとらしく笑いながら、ルナは少女の質問を煙に巻く。
少女はといえば、まだ混乱しているようで、ルナの言葉など耳に入っていないようだ。
「……」
「おーい☆ もしも〜し? 聞こえてる〜? 聞こえてないか〜。それにしても、キミって本当にクズ野郎だね☆ イズナちゃんが可愛く見えてくるよ」
「え?」
「だって、なんの罪もない魔物たちに人を殺させておいて、自分で人を殺しそうになったら、今度はビビっちゃうんでしょ? ほんと、自分勝手だよね〜」
「……」
少女は無言のまま、ルナを睨みつけているが、その視線に力はない。
まるでもう、抜け殻になってしまったかのように。
「さて! じゃあ依頼完了ってことでいいですかね!」
「あ、はい……」
近くにいた小太りの男が答える。
「よし☆ それじゃ、帰ろうか☆」
「ちょ、待ってよ!」
慌てて呼び止めようと試みるも、その時にはルナの背中はもう遠くにあった。
聞きたいことが山ほどある。けど……とりあえず、帰るしかないか……。
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