プロローグ
第23話 行こう。仕事の時間だ
「はぁ……なんで俺が……」
仕事を終えて、家に帰った俺たちを待っていたのは鍵のかかった玄関だった。
どうやらルナは外に出ていたらしい。
そして、そのルナを探すことになったのだが……俺以外の奴らは『疲れた〜』とか言ってその場で倒れ込んでしまったので、仕方なく、俺は一人夜の街を探し回っていた。
少し前から雨も降っている。早く見つけないと全員びしょ濡れだ。
「こんな時こそ、トウヤが探してくれればいいのに……」
探すように命じてみたものの、所詮中身は野生の狼のまま。俺の言葉など一切通じず、結局一人で捜索することになったのだ。
「店長の話では……この広場によくいるって話だったけど……うーん……」
ポケットに入るモンスターでもあるまいし、そう都合よく見つかるわけもない…………と思ったのも束の間。
俺はベンチに腰掛ける天使の姿を見つけた。
「あ、いた……」
夜風に揺れる金糸のような髪の毛は月光に照らされて、神秘的な輝きを放ってた。まるで本当に天使がそこに座っているかのような錯覚さえ覚える。
だが、その神秘的なオーラとは裏腹に彼女の表情は暗く、どこか思い詰めたような顔をしていた。
「ルナ……?」
俺が声をかけると、彼女はハッとしたようにこちらを向いた。
「な、なんだ……アオイちゃんか……どうしてこんなところに? もしかして、家に入れなかった?」
「そのもしかしてだよ」
「ごめんごめん。まさかそんなに早く帰ってくるとは思ってなくて。人権がないんだから、てっきり永久労働を強いられるのかと思ってた」
「んなわけないだろ……。人権がないと思っているのはルナだけで、店長は結構丁寧に扱ってくれたぞ……」
「ふふっ……冗談だよ。私だって、みんなのことは丁寧に扱っているつもりだもん♪」
「…………」
やっぱり少し……いや、かなり雰囲気が違う。
出会って1日の関係で言うのもおかしな話だが、昨日のルナはもっと幼い感じだった。それが今は、年相応……もしくはそれ以上に大人びて見える。
少なくとも、こんな悪戯な笑みを浮かべるような子ではなかったはずだ。
「それより、早く帰ろうぜ。まだ帰らないなら鍵を貸してくれれば俺が開けるからさ」
「ごめん。ああ見えて、うちは生体認証なんだ。普通の鍵もあるけど、家の中に置いてきちゃった☆」
「マジかよ……」
「まだ仕事が残ってるから、家には戻れない。でも……優秀な助手でもいれば、仕事も早く終わるんだけどね☆」
「………………はぁ……」
しばらくの沈黙の後、俺は大きくため息をつく。
それを見て、彼女はクスリと笑った。
俺はそれが妙にムカついて、つい口を滑らせてしまう。
「手伝って欲しいなら、最初からそう言えばいいだろ……」
「え? 手伝ってくれるの? やった☆」
「あ、いや……そうじゃなくて……」
「ありがと〜! さすがはアオイちゃん! えらい!」
「ぐぬぅ……」
完全に遊ばれている。
けれど、彼女の柔らかい手が俺の手に触れた途端、負の感情が全て吹き飛んでしまうのだから不思議だ。
……温かい。
雨に打たれているのを忘れてしまうほどに、優しくて、温かい手だ。
その温もりが愛しくて、俺は思わず握り返してしまう。
それでも、彼女は嫌がることなく、ただ優しく微笑んでいた。
自分が何をしているのかを理解したのは、それから少し後のこと。
「あ……!」
慌てて俺は手を離す。その勢いはあまりに強すぎて、尻餅をついてしまったほどだ。
「ふふっ。どうしたの、そんなに慌てて……」
「うぅ……」
顔が熱い。きっと真っ赤になっていることだろう。
恥ずかしさを紛らわすように、俺は話を逸らした。
「そ、そんなことより! 仕事が終わってないのに、なんでこんなとこで時間を潰してるんだよ! 早く終わらせないと、夜が明けるぞ!」
「そうだね。でも、ここが落ち着くんだ。仕事の前とか、何かを考えるときはいつもここに来るの。勇者エギジストが力を貸してくれる気がするから」
「勇者エギジスト?」
「そう。その石像の人だよ」
ルナは近くの噴水を指差して言う。
そこには、剣を捨て、その代わりに一輪の花を天に掲げる男の石像が立っていた。
「彼は今から30年ほど前に、人間と魔物の融和を目指して立ち上がった、最初の英雄。彼の功績は計り知れず、彼がいなければ、今も人間と魔物は血みどろの争いを続けていたにと言い切れるほど……」
「へぇ……」
人間と魔物の融和か……。今、俺たちがしていることと、少し似ていなくもない。俺たちがしているのは、融和というよりか、人間と魔物の融合だけど。
「けど、完全に融和することは叶わなかった。ただ、殺し合わなくなっただけ。お互いを憎む心までは消えていない。目的を果たす前に、彼は死んでしまったから」
「…………」
「でも、彼の意志は受け継がれている。彼の望まない形で……」
「望まない形……?」
「そう。どんな手段を使っても、どれだけの犠牲を払っても人間と魔物の融和を目指す……そんな歪な思想を持った、勇者エギジストを崇拝する集団がいる。彼らの中心にいるのは、かつて、勇者のそばにいたと言われている、名前も姿もわからない、唯一性別だけがわかっている、一人の少女らしいのだけど……勇者のそばにいたのに、性別しかわからないなんて妙な話だ」
「ちょっと……何を言って……」
「私の情報が正しければ、彼らはもう、勇者の復活のために動き出しているはず……もう時間がない」
「ま、待って! だから、なんの話をしてるの!?」
「……これから向かう、仕事の話だよ」
「え?」
ルナは「よっ」という声と共にベンチから立ち上がると、俺に手を差し伸べる。
「さぁ…………行こう。仕事の時間だ」
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