第21話 ちょうどいいサイズ

 一際大きな叫びに、空気が揺れる。なるほど、やっぱりこれは客だ。

 さっきからずっと、フェアチキが欲しかったみたいだ。


「フェアチキですね? 少々お待ちください」


 俺は店内に戻り、フェアチキを一つ持って戻ると、ドラゴンに差し出した。


「お待たせしました。ご注文のフェアリーチキンになります」

 しかし…………

「1個では足りん! 100個だ! 100個出せぇええええ!!!」


 困ったことに、1個では足りないらしい。

 まあ、ドラゴンの巨体を満腹にさせるのに、人間用のチキン1個程度で足りるわけないしな。


 だが、100個は流石に無理だ。うちにそんな在庫はない。

 それに、もしあったとしても、俺らはホットスナックの作り方を教えられていないから、保温されていた10個程度のフェアチキしか用意できないわけで、そのほとんども客に提供してしまった。

 残されたのは、いま俺の手元にある一個のみ。


「申し訳ありません。当店には現在、お客様のご要望にお応えできるほどの在庫はございません」


 だから、帰ってくれないだろうか? そんな意味を込めての発言だった。

 しかし、その言葉がドラゴンの怒りに触れたようで、


「ふざけるなぁああ!! 俺は客だぞぉおおお!!!!」


 再び雄叫びを上げると、今度は店の壁を吹き飛ばした。前世でも様々な迷惑客を見てきたが、壁を吹き飛ばした奴はコイツが初めてだ。(ちなみにガラスを割るのは見たことある)


「用意できないと言うのなら、この店の評価を星1つにしてやる! その上で、お前のクソ接客を動画に撮って、拡散してやる! 俺はインフルエンサーなんだ! これでお前の人生も終わりだなぁ!」


「なっ!?」


 この世界にもインターネットとかあるんだ……。いやまあ、こんなコンクリートジャングルだし、ネットがない方がおかしいか。

 ドラゴンがどうやって電子機器を操作するのかは、いささか疑問だが……。


 それよりも、この脅し方はヤバイ。

 正直、勤務初日の店のことは心底どうでもいい。しかし、俺のことを拡散されるのはまずい。

 生まれて3日で、人生終了してしまう! 絶対に阻止しなければ……。


「わかりました……。では、ここは1つ、私の提案を聞いて頂けませんか?」


「なんだ?」


「準備がありますので、少々お時間を下さい」


 体が大きすぎて、フェアチキ1個で満たされないのなら、その大きすぎる体を1個程度で満足できるサイズ、いわば人間サイズの体に変えてしまえばいい……。


「ふふっ……」


 俺は足元に落ちた商品の飲料水を手に取る。

 そしてそれを……


「グイッ……」


 一口飲んだ。


「キサマ……まさか、使うのか!? 公衆の面前で!?」


「ああ、使うさ。イズナも昨日言ってだじゃないか。素晴らしさを伝えるって。ちょうどいい機会なんじゃないか……」


「…………そう……じゃな」


 最初に測ったままの数値なら、これでSPを使い果たしてしまう。もしもの時に備えて、貯蓄もしておきたいが、機会を逃すわけにもいかない。


「はぁ…………」


 未来に起きるであろうえっちなことを想像すると、興奮ではなく恐怖を覚える。女の子の快感は男にとって未知の領域なのだ。


 だが、今は仕方がない。

 俺は覚悟を決め、ドラゴンに水を差し出した。


「お客様。このお水を飲んでいただけませんか?」


「は? それ、今お前が口つけなかった?」


「いえいえ……気のせいですよ。ほら、口を開けてください。後悔はさせませんので」


「……わかった。後悔することになったら、人生終わらせてやるからな!」


 そう言うと、ドラゴンはその巨大な口をゆっくりと開いた。

 俺は目の前に現れた深淵目がけて、ボトルの中身をぶちまける。


 節那————————ドラゴンのブレスにも勝る閃光が、一帯を照らした…………。


 やがて光が晴れると、そこにはもう巨大なドラゴンの姿はなかった。

 代わりに現れたのは、フェアチキ1個がちょうど良さそうな人型の少女。

 幸いにも、俺らとは違って彼女の急所は赤の鱗に覆われており、目のやりどころに困るということはなかった。


「なんだ……これは…………」


 少女は自分の手を見ながら呟く。

 その声は震えており、俺はそれが怒りによるものかと思い身構えた。だがしかし……


「最高じゃないか!!」

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