第20話 フェアチキをよこせぇえええええ!!

「ありがとう……ございましたぁ……」


 ため息混じりにお客さんを見送る。思わずレジに項垂れそうにになるが、なんとか堪えた。

 まだ接客中なのだ。


「すいませーん。このアイス、チョコが少ない気がするんですけどー」


「知るか! 自分でチョコシロップを買ってかけとけ!」


「あのー。その尻尾って本物ですか? 触ってみてもいいですか?」


「ダメに決まっとるじゃろ! ワシの尻尾は気安く触れていいものではない!」


「めちゃくちゃ可愛いですね。一緒に写真撮ってくれませんか?」


「嫌じゃ! 断る!」


 店内は混沌としていた。

 店長が出て行ってからというもの、次々と現れるお客さんの相手をしていたら、このザマである。


 店長は宣言通りに、お客さんを呼び集めてきたのだ。それも大量に……。


 おかげで、レジ前は大行列。

 さらに、俺たちの姿が珍しかったのか、お客さんたちは俺らに興味津々で店から出て行ってくれない。


 おかげさまでもうへとへとだ。

 幸いにも、イズナはやればできる子だったようで、口調を除いては特に問題なく仕事をこなせている。

 しかし、問題はもう一人の方だ。


「あー、こんなに客が来るとか、マジだりー」


「……」


 ミーシャは先程からレジ前の椅子に座りながら、ボーっとしている。お客さんが来ても、「いらっしゃいませ」の一言も発さない。

 一応、レジは打ってはいるものの、遅くておそくて……とてもじゃないが任せていられない。しかも、客が途切れると、今度は雑誌を読み始める。

 もうこの人なんなの? 一応先輩なんだよね? そりゃこんなヤツしかいないのなら、俺たちのことを「まあいい」で済ませたくもなるわ。


「あのー、早くしてくれませんかね?」


「あ、はい。すみません……」


 とりあえず、店長が帰ってきたらクビにしてもらおう。

 ミーシャのサボり癖は彼も知っているに違いない。それなら彼も喜んでクビを切ってくれるはずだ。


「うわー! 見て見てこの子! 超かわいい!」


「ホントだ! 鳥みたい! てか、鳥じゃん!」


「あ、あの……我は……その……可愛くなんか…………」


「あ! 中にも可愛い子がたくさんいるよ! 寄ってこ寄ってこ!」


「あ、ちょっと……」


 店前に立っているルーがどんどんと客を引き寄せて行く。

 初めは『可愛い』という言葉に戸惑っていた彼女だが、今では満更でもない様子だ。


 その証拠に顔が少しニヤついている。

 そして、彼女の反応が面白いのか、さらに客寄せ効果が高まっていく。


「クソが…………」


「なんか言いました?」


「いえ! なんでもないですぅ!」


 捌いても捌いてもキリがない。むしろ増えていっているようにすら感じる。

 店長が戻ってくる気配もないし……。

 もう本当に勘弁して欲しい。


「見ろよあの店員。めちゃくちゃデカくね?」


「ほんとだ! でっか! 頭より胸の方がでかいんじゃねぇか?」


「はははは!  ありえる! 胸の方に脳みそ詰まってたりしてな!」


 そして、とうとう俺にまで変な視線が向けられる。

 セクハラされる側とはこんなにも不快なものなのか……。社会問題にもなるわけだ……。


「オヌシら、うるさいぞ! 何も買わないなら、さっさと出てけ!」


「へいへーい」


 イズナの一喝により、一部の男性客は散っていく。

 それでもまだかなりの数のお客さんが残ってた。

 もう嫌だ……早く帰りたい……。


 ☆★☆


「ふぃ〜。やっと終わったぁ」


 結局、最後の客が帰ったのは、日が落ち始めた頃だった。

 無限に増えていた客も、ルーを中に入れてからは徐々に減り始め、最終的には俺もサボれるくらいまで減った。


「ん〜!」


 俺はグッと伸びをする。もう身体の節々がバキバキだ。

 でも、これでようやく解放される…………。


 そう思った時だった————


 ガッシャーン!という大きな音と共に、店のガラスが割れた。

 何事かと思い、外を見ると、そこには巨大な赤いドラゴンが一匹。


「寄越せ……」


 どうやらこちらに向かってきているようだ。

 その目は血走り、口からは大量のヨダレが滴り落ちている。明らかに正気ではない。


「そういやここ異世界だった……」


 仕事が日本と同じ感覚だったせいで、すっかり忘れていた。


「そんな呑気なこと言ってる場合か! こっちに向かってくるぞ!」


「寄越せ…………」


 もしかして、このドラゴンも客なんじゃないか? 仕事の疲れからか、俺の脳みそはイカれた発想に至る。


「お客様。何をお求めでしょうか?」


 とりあえず、接客してみる。


「バカ! ソイツは客じゃないぞ! 目を覚ませ!」


 イズナが何やら騒いでいるが、気にしない。今はとにかく仕事を片付けたいのだ。


「寄越せ…………」


「だからなにを?」


「フェアチキをよこせぇえええええ!!」

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