第17話 ジンケン……?

「「ブフゥゥゥウゥッ!!」」


 俺とイズナが同時に吹き出す。


「なんてもん食わせとんじゃ!」


「えー。だって、勿体無いじゃん。せっかくルーちゃんが頑張って産んでくれたんだよ……。まだおしっこもしたことのないのに……必死にいきんで、汗びっしょりになりながらも、なんとか生んだのに……」


「うわぁ! まてまてまて! それ以上言うな! 吐いちゃう! 吐いちゃうから!」


 嫌でも想像してしまう……。ルーの産卵シーンを……。

 あんな小さな体から、こんな目玉焼きを作れるほどの卵が…………。


 ダメだ。想像すればするほど、罪悪感やら嫌悪感やらが湧いてくる……。

 もう限界だ。これ以上は聞いていられない……。


「うっぷ……。おえぇぇぇぇぇぇぇ……」


「ちょ、アオイ! 大丈夫か!?」


「う……まだ大丈夫……でも、もうすぐそこまで……」


「ああ! ダメだよ! せっかくルーちゃんが産んでくれたんだから、吐いたりしちゃだめ!」


「そ、そんなこと言われても……」


 産んだ本人であるルーはというと、部屋の隅で魂が抜けたように放心状態だ。

 無理もない。ハーピー娘にされた翌日に、産卵まで経験してしまったのだから……。

 自分がサキュバスであったことが、まだ幸いに思える。もし、これがルーと同じハーピーで産卵する側だったとしたら、精神崩壊していただろう。


「クソ! ワシはもう食わんぞこんなもの!」


「ええ!? そんなのダメだよ! 有精卵なら育てることもできるけど、ルーちゃんはえっちなことしてないはずだから、それは無精卵なんだよ! 無駄にするのもったいないよ!」


「そういう問題ではないわ! ていうかオヌシはタマゴが生まれることに少しは疑問を持て!」


「うーん……じゃあイズナちゃんが有精卵にしてあげてよ! そうすれば食べなくても済むでしょ☆」


「できるかぁ! ワシはメスじゃし、卵生ではない!」


 このままではらちが明かない。

 ルナはどうしても食べてほしいようだし、イズナは何が何でも食べたくないようだ。

 ここは俺が腹を括るしかないか。


「わかった。俺が全部食べるよ……」


「な……キサマ、そんなことして平気なのか……?」


「大丈夫だ。ルーが頑張って産んでくれたと思うと、俺もなんか愛着が湧いてきた。それに、ここで吐き出したら、ルーの頑張りを台無しにしちまうしな……」


「キサマ…………本当に大丈夫か? 主に頭の方が……」


 隣で驚愕しているイズナを無視して、俺は黙々と食べ進める。

 するとどうだろうか、先ほどまで気持ち悪く感じた味が、不思議と美味しく感じるではないか。

 これも愛の力というヤツなのだろう……。


「ふう……ご馳走様でした……」


「お粗末さまでした♪ いやぁ、アオイちゃんはえらいねぇ〜。ちゃんと残さず食べたね☆ 偉い、偉い♪」


「お、おう……」


 褒められるのも恥ずかしいが、頭を撫でられるのもなかなかに照れくさい。

 前世童貞の俺としては、こういうスキンシップは慣れていないのだ……。


「それに比べて、働く意欲もない。好き嫌いもする。イズナちゃんは本当にゴミカスクズニートだよね〜★」


「ぐっ……」


 イズナはぐうの音も出ないようで、悔しそうに歯噛みしながら、ルナのことを睨んでいる。

 昨日なら言い返しただろうが、もう完全に立場が確立しているため、何も言えないのだろう。

 神様の威厳もクソもないな……。


「まあ、どんなクズニートでも、これから働くことになるんだから、別にいいんだけどね★」


「なん…………じゃと? オヌシ、もう働き口を見つけたのか?」


「うん♪ 昨晩のうちに見つけておいたよ☆」


「ありえんじゃろ……ワシら身元不明の不審者じゃぞ……。義務教育も受けてないんじゃぞ……」


 そのとおりだ。いくらなんでも早すぎる。日本なら履歴書や面接だけで、そこそこの時間がかかるだろう。

 それに、身元のわからない奴なんて論外だ。働けるはずがない。

 しかし、ルナは不敵な笑みを浮かべると、そこそこの胸を張って言った。


「ふふふ……わかってないなぁ。身元がわからないからこそ、できる仕事もあるんだよ★」


「え…………」


「なんの身分もないということは、なんの権利もない。それなら、もはや奴隷以下の存在と言っても過言じゃないよね★」


「いやいやいや! 暴論にもほどがあるだろ! 人権はどうなってんだ! 人権は!」


「ジンケン……? そんなものはアオイちゃんたちにはないよ。あるのは私だけ。私がルールなんだ。だから、私の言うことには絶対服従。いいね?」


「無茶苦茶だぁ……」


 しかし、よく考えてみれば、俺たちには拒否権などないのだ。

 この世界で生きていくためには、彼女の言うことを聞くしか方法がない。


 身元がわからないだけならまだしも、俺たちには角やら尻尾やら、明らかに人間とは違う部位が生えている。

 おそらく、まともに就職しようとしても、化け物扱いされるのがオチだ。


「わかったよ…………」


「よろしい☆ それじゃあ、早速行こうか♪」

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