第14話 魔法は義務教育で習うものだよね?

「ふぅ…………なんとか逃げて来られたね☆」


「はぁ……はぁ……オヌシ、一体どういうつもりじゃ!? なんでワシらが逃げないといかんのじゃ!? 追われてるのはコイツだけじゃろうが!」


 息切れしながら文句を言うイズナ。その隣では、ルーが顔を真っ赤にして俯いている。


「いやーそうなんだけど、イズナちゃんがいかにも犯人ですみたいな笑い方してたし……なんかもう、側からみればイズナちゃんとアオイちゃんがルーちゃんをいじめてる構図にしか見えなかったんだよね☆」


「ぐぬぬ……」


「まぁ、みんな無事なんだし。それでいいじゃん。オッケー☆オッケー☆」


「全然オッケーじゃないわい! まだ、ここにテロリストがおるじゃろうが! コイツどうにかしないとまた追われることになるじゃろうが!?」


 イズナが指差す先には、涙目で縮こまるルーの姿があった。今の彼女には漆黒の魔王だった頃の邪悪さは微塵も感じられない。

 今はむしろ、迷子になった幼女のような印象を受ける。おそらく、己の性別が迷子になっているのだ。

 俺も絶賛、性別の迷い子中なので気持ちはよく分かる。


「それは大丈夫だよ! ルーちゃんはもうルシファー君ではなく、ルーちゃんなんだから! 誰もこの子がテロリストだなんて思わないよ! 私だって変身の現場を見なかったら、気づかなかったと思うもん!」


「げっ……見ておったのか……」


「うん☆ ばっちり見てたよ! 驚いちゃった。あれどうやったの? 魔法じゃ無いよね?」


 ジリジリと詰め寄ってくるルナ。その顔は興味津々といった様子だ。

 視線に耐えかねてイズナが目を逸らすと、またその視線を追うように、ルナが首を傾げる。


「ねぇねぇ、どうやったの? 教えてよ〜」


「や、やめい! くっつくな! 秘密じゃ! 秘密!」


「そっか。秘密なら仕方ないね☆」


 案外あっさりと引き下がるんだな。

 職業探偵だというのだから、あの手この手を使って聞き出すのかと思ったが……。


「それよりも! ここはどこなんじゃ! ワシらが何も知らないからって、適当な場所に連れてきたんじゃなかろうな!?」


 俺たちの前には、木造の家屋が建っていた。

 それはまさしく、俺が想像していたはずの異世界の家といった風体だ。木で作られた窓枠に、木の扉。屋根には煙突まで付いている。


 まさに、ファンタジー世界のお家だ。

 しかし……このコンクリートの匂いが漂う街においては、異質極まりない存在である。


「適当なんかじゃ無いよ☆ ここは私の家兼事務所だよ!」


「へ、へぇー。でもなんか……その、個性的だね……」


「そうかな? 結構普通だと思うけど……?」


 ルナはそう言うと、ドアノブを掴み、勢いよく開け放つ。


 ギィイ……


 立て付けが悪いのか、扉は軋むような音を立てて開いた。


「どうぞ入って!」


 ルナに促されるままに、俺達は恐る恐る室内へと足を踏み入れる。

 すると、そこには、なんともファンシーな光景が広がっていた。


 床には動物の毛皮が敷かれており、壁紙はピンク色。天井からは小さなシャンデリアが吊るされ、その下では熊のぬいぐるみが踊っている。

 しかし、そのファンシーな光景がどうでも良くなる程、俺には受け入れられないものがあった。


「うわー……異世界、幻滅するわ……」


「こら、異世界とかいうで無い」


 外で感じた異世界感とは裏腹に、内装はいたって現代的である。

 デザインや材質は異なるものの、そこに並ぶのはどこかで見たことのあるような品ばかりであった。


 例えば、ソファやテレビ、冷蔵庫に電子レンジ……。

 照明器具も、明らかに火を使うものではない。照明から発せられる光は、LEDライトのそれと酷似している。


「別にいいじゃろ……便利な分には」


「いやまあ……そうなんだけど……」


 思っていた異世界と全く違う……。これじゃあ知識無双ものんびり農業スローライフもできないじゃないか……。


「あ、お客さん用のスリッパはそこにあるから使ってね☆」


「あ、うん……」


 もはや、スリッパがあることにも驚かない……。

 この世界は見た通りの現代的異世界だったようだ……。

 違いがあるとすれば……頻繁に聞こえる爆発音。魔法があることくらいだろうか。


 だが、それも日本人である俺にとってはマイナスポイントだ。

 ラノベやアニメで異世界人に優しい中世ヨーロッパばかりを見てきたせいか、俺に厳しいばかりのこの世界は受け入れ難いものがある。


「じゃあ、やっと落ち着いたことだし、色々と整理しよっか☆ まず、みんなの名前は……」


「アオイ」


「イズナじゃ」


「ルシファー……じゃなくて……ルーです。はい。すみません……」


「ガウガウ!」


「なるほど……アオイ、イズナ、ルーちゃんに、トウヤちゃんっと」


 なにやらメモを取っているルナ。

 人の名前をメモする必要はないと思うのだが、探偵の癖だろうか。


「じゃあ、みんながどんな人なのか、順番に説明してくれる? まずはルーちゃんから」


「え……あ、はい……我は本当に魔王やってたんですけど……なんか、女の子ともなんとも言えない姿に変えられて……タマゴ産み産みとか言われて……」


「ふむふむ……まだ魔王と言い張ってて、タマゴを産めると……」


「いや、そういう意味じゃなくて……」


「はい次!」


 納得がいかなそうにするルーだが、か弱いハーピー娘となった彼女には言い返すだけの力はなく、次へ進む。


「ワシらはなんていうかその、放浪者じゃ! アオイもワシと同じで、オヌシがトウヤとか名付けたコイツは…………ペットじゃ!」


「ぐるるる!」


「なるほど……何か特技とかないの? この魔法が得意ですとか」


「知らん。魔法? なにそれ美味いのか?」


「え? 魔法は義務教育で習うものだよね?」


「はぁ!? 習うわけないじゃろ!?」

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