第13話 タマゴ産み産み♡

「成功……したのか……?」


 ルシファーは恐る恐る立ち上がる。

 そして、体を確認するべく、視線を下ろした……。


「な…………」


 自らの体を見るなり、彼の顔がみるみると青ざめていく……。

 それも当然だ。なぜなら、そこには見慣れない二つの膨らみがあったのだから……。

 いや、胸があるだけならまだマシだったかもしれない……。


「あ……え…………あ?」


 体に触れようと伸ばした手は、無情にも空を切る。

 なぜなら、それはもう手ではないから……。

 彼が必死に動かす両腕は、黒い羽に覆われ、人間とは異なるへの字の関節を持つ……†漆黒†の翼へと変わってしまっていたのだ。


「あぁ……。あああ……」


 もちろん。変わっているのはそれだけでは無い。

 当然のように股間のブツは消え果て、体つきも女性特有の丸みを帯びたものへと変化している。

 翼に変わった腕と同様に、脚も硬い黄色の皮膚に覆われ、関節はくの字に曲がり、鳥のような鉤爪が生えていた。


「嘘だろ……? おい……」


 声色も、男性のものから鈴の音が鳴るような可愛らしいものへと変化を遂げていた。

 それはまるで、小鳥が鳴くような美しいソプラノボイス……。


 ルシファーは呆然としたまま、自身の体を触り続けている。

 どれだけ触診しても、自分の瞳が満月の如き、黄金の輝きを放っていることに気がつかないだろう……。

 しかし、触診も無駄では無いようだ。彼は尾てい骨の辺りに、違和感を見つけた。


「なんだ……これ…………」


 それはまっすぐ伸びた、可愛らしい尾羽であった……。

 先にかけて白くなるグラデーションが特徴的なそれは、彼の気持ちと連動して上下左右にフリフリと動いている。


「おい……これは一体どういうことだ!?」


 振り返った彼……いや、彼女の顔は、まさに美少女そのもの……。

 †漆黒†の髪の毛は今では揺れるほどの長さになり、腰のあたりまで伸びている。

 尾羽と同じように毛先にかけて白く染まっているのを見ると、彼を漆黒と呼ぶにはいささか抵抗を覚えるほどだ。


「ふふふ…………ふっ……ふわっはっはっ!! 傑作だな! まさか、ハーピー娘になるとは思わなかったぞ! お前は今日から漆黒の魔王改め、白黒のハーピー娘じゃ!」


 物陰に隠れていたイズナが飛び出すなり、腹を抱えながら大声で笑い出した。

 どうやら彼女の計画通り事が運んだようだ。


「おい! ふざけるなよ! 元に戻せ!」


 ルシファーは怒りに任せて叫ぶが、その声色は、どこか震えて聞こえた。


「やーだねー! オヌシはせいぜいその姿のまま、一生タマゴ産み産み♡しておれー!! ギャハハハ!」


 微風を起こすほどにイズナの尻尾が暴れ回っている。さぞかしご機嫌なのだろう。


「タマゴを…………産む? 嫌だ……そんなの絶対にいやだ!! い……や……」


 ルシファーは途端に顔を歪めると、その場に崩れ落ちた。

 しかし、今の彼女には曲げる膝も、地面につく手も存在しない。

 そのまま重力に従い、地べたに這いつくばってしまう……。


「ははははははは! あーはっはっは!! よくやったなアオイ! それでこそワシの最強の眷属!」


「え……ああ、うん……」


「なんじゃ? 浮かない顔しておるのう。嬉しくないのか?」


「だって、なんか可愛そうじゃん……」


 絶望に打ちひしがれるルシファーの姿を見て、俺はわずかに罪悪感を覚えていた。

 いくら犯罪者とは言え、あそこまで落ち込まれると同情してしまう。


「はぁ……まったく。テロリストに同情するなんて……お人好しにも程があるわ……もっとワシみたいに勝利の高笑いを……………………」


「トウヤちゃん! イズナちゃんの尻尾目がけてアタック!」


「がうがう!」


 銀色の高速移動物体が、俺の頭上を通り過ぎると、イズナ目がけて飛んでいった。


 ガブッ……


「おわぁぁぁぁぁぁ!!」


 同時に、イズナは悲鳴を上げながら地面を転がっていく。


「な、なにをするんじゃ! このクソ犬! 放さんか!! んぎゃあぁぁあ!? やめろ! ワシの尻尾は敏感なんじゃ!」


「ぐるるる……!」


「あ、こら! やめんか! そんなところ噛むでない! そこはデリケートな部分なんじゃぞぉぉおお!? あ……ホントにやめて……やめてくださいぃいぃいい!」


「トウヤちゃんナイス♪」


「る、ルナ!?」


 いつの間にか俺の隣にいた少女が親指を立てる。


「なんでここにいるんだよ?」


「ふふ……職業柄、何をしているのか気になっちゃってね……☆」


「職業?」


「うん。こう見えて、私って探偵なんだ☆」


「え……」


 この全ての言動がフワフワした少女が探偵だと? 


「そ、そっか。ところでトウヤって……」


「ああ! あの子名前が無いって言うから私がつけてあげたの〜。カッコよさも可愛さもあっていい感じだよね☆」


「へ、へぇ……」


 やっぱりこんなのが探偵だなんて……にわかには信じがたい……。いや、信じたくない。


「それより、早く逃げるよ! ギルドが来ちゃう! そこの……なんだっけ……確か頭文字はルだったから……ルーちゃん!」


「ルーちゃん!?」


 ルシファー改め、ルーちゃんは驚愕のあまり、泣くのもやめて飛び起きる。


「ほら、行くよ!」


「いや……でも…………歩き方がわからなくて……」


 慣れないハーピーの脚では立つこともままならないようだ。ルーは歩こうとすると、バランスを崩し、倒れてしまう。


「もう! しょうがないなぁ……」


 ルナはしゃがみ込み、そのまま彼女の背中と膝裏に手を差し込んで、軽々と持ち上げた。

 いわゆるお姫様抱っこというやつである。


「え!? え?」


「トウヤちゃんはそれを引っ張ってきて!」


「がう!」


「神を……それ扱いするな…………ガクッ…………」


 一体全体何が起きているんだ……。ただ、走らないといけないということだけはわかる……。

 俺たちは全力で駆け出すと、その場を後にした。

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