第9話 うわ…………でっか……

「とりあえず……鏡探してくるわ……」


「おう。そうじゃな。それがよい」


 しかし結局、男心を捨てきれなかった俺は、己の心を改めるべく、店内を歩き始める。

 すると、それは簡単に見つかった。


「うわ…………でっか……」


 目の前の輝く板は、間違いなくこちらの世界を映し出している……はずなのだが、そこに映る現実は、普段のそれとは違いすぎて……俺は一瞬、この板が鏡であることを疑ってしまった。


 まず、目に飛び込んでくるのは、大きく実った二つの果実。

 体に対して、明らかにアンバランスなその果実は、かつて前世で見たどのグラビアアイドルのものよりも大きい。


 さらに、その下では、これまた大きなお尻が存在感を放っている。腰回りのサイズ感とは反比例して、お腹周りはスッキリしており、ウエストもキュッとくびれていて美しい。

 そこから伸びるムッチリとした太ももも、肉付きがよくて魅力的だ。


「これが……俺……?」


 街中で見かけようものなら、二度見どころか五度見してしまうほど、美少女と呼ぶに相応しい体型。

 だが、それはあくまで見る側に立った場合の話であって……。

 見られる側となると、不安や羞恥といった感情が湧いてきて……正直、あまり良い気分ではない……。


「これもカラコン……じゃないよな……」


 鏡に映るつぶらな瞳は、地球ではあり得ないピンク色をしていた。

 瞳の色より少々淡いピンクの髪も、引っ張れば頭部がキシキシと痛む。


「ていうか、これじゃあ普通の服は着れないじゃん……」


 背中でうごめく羽に視線を落とす。

 それはコウモリのものに似ていて、黒く、小さい。パタパタと動かすことはできるのだが、これで飛べるとは到底思えない。

 羽の少し下に位置する淫魔の尻尾も、邪魔なだけで何にも使えなさそうだ。


「はぁ…………」


 改めて自分の姿を確認すると、自然とため息が出た。


「やっぱり俺……サキュバスになったんだな……」


「どうどう!? 何か気に入ったのあった?」


 背後からキラキラとしたオーラが迫ってくる。振り向くと、そこには、期待に満ちた目でこちらを見るルナの姿があった。


「いや……気に入るもなにも、普通の服は着れそうにないなって……」


「え? …………ああ! アオイちゃんはおっきいもんね!」


「それもそうなんだけど……そうじゃなくて! ほら、背中に色々と生えてるからさ……」


「へぇ! それってアクセサリーじゃないんだ! すごいね! 初めて見たよ!」


「あ、ありがとう……」


 予想外に好意的な反応をされて戸惑ってしまう。

 まあ、褒められるのは悪い気がしないし、素直に受け取っておこう……。


「それでさ、ここにあるどの服も、俺には合わないと思うんだよ……」


「え〜! じゃあ、アオイちゃんに合うのを作ってもらう?」


「うーん……でもそれだと、完成するまで裸のまま……」


「そうだよねぇ……。あ、そうだ! 私さっきちょうどいいの見つけちゃったんだよね!」


「え!? 本当!?」


「こっちだよ!」


「ちょっ……待っ……」


 ルナは俺の手を掴むと、強引に店の奥へと連れていった。


 ☆★☆


「じゃーん!」


「な、なにこれ……」


 ルナが見せてきたのは、布面積の少ない、まさしくこれぞ淫魔という感じの服だった。


「ふっふ〜♪ どうこれ! アオイちゃんに似合うと思わない?」


 ほぼ下着。いや……なんなら下着の方がマシとも思える黒の衣装。

 限界まで布面積を減らしたその衣装は、服と呼ぶにはあまりにも破廉恥だ……。


 布面積を削るだけでは飽き足らず、金の装飾まで施されている。いつもなら、高級感を感じる輝きも、この衣装にあっては、卑猥な雰囲気を醸し出していた……。


「なんでこんなものが置いてあるんだよ!」


「なんでだろうね? でも、これはきっと☆運命★ってやつだよ!」


「う、運命……」


 ほとんどが同意しかねるミカの言葉も、この光景を前にしては同意する他ない……。


「で、でも……これは流石に……」


「そう? けど、これくらいしかアオイちゃんが着られそうなものはないよ?」


「うぅ……」


「あっ! 見て見て! フリーサイズだって! やっぱこれしかないよ☆」


「うぅぅ……」


「ほら! 買おうよ! お金は私が出すんだから、心配しないで!」


「うぅぅぅ……!」


 ☆★☆


「結局買ってしまった……」


 突然女になったかと思えば、そこから更に痴女にジョブチェンジさせられるなんて……。

 俺は一体どこに向かっているのだろうか……。


「ぷぎゃぁぁあぁ! ぎゃはははは!! おまっ! なんだその格好! ひぃ〜! ひひひひひひひ!!」


「うるさい! 黙れ!」


「は、腹痛い……! 笑い死ぬ……! サキュバスだからって……服装まで合わせる必要はないじゃろ……! ひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃ!!!!」


「だまれぇぇええ!」


「ぶへっ!」


「はあ……はあ……はあ……」


「いった〜……キサマ本気で殴りおって……!」


「自業自得だろ!」

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