第8話 ゴミ箱も、みんなで被れば怖くない!

「おい……思ったより、人が多いんだが……」


「うむ……まさかこれほどとはのう」


「がぅ……」


 道を行き交う人々の流れは、まるで濁流のように激しく、絶えず聞こえる車のエンジン音は、ここが異世界であることを忘れさせる。


「これじゃあ、隠れる場所が森から裏路地に変わっただけじゃねぇか!」


「だけなんかじゃないよ! 私たちは確かに一歩ずつ……一歩ずつ……前に進んでいるんだよ!」


「そんなにゆっくりしてられるか! 俺はいつまで人目を避けなきゃいけないんだよ!」


「人目を避ける必要なんてないよ! キミはキミらしく、堂々と裸で歩けばいいんだ!」


「バカか!? それが嫌だから服屋に向かってるんだろうが!」


 ダメだコイツ。倫理観が壊れてやがる……。異世界人ってみんなこうなのか? それともルナだけが特別おかしいのだろうか……。


「イズナも黙ってないで何か言ってくれ!」


「うーむ……しかし、こうも人間が多くては、見つからずに進むのは不可能じゃ。ソイツのいう通り、堂々と歩いてしまった方が楽かもしれんぞ?」


「正気で言ってるのか? おまえ、自分は服を着てるからって、適当なこと言ってんじゃないだろうな?」


「むぅ……失礼なことを言うでない。わしゃ、いたって真面目に考えておるわい」


「そうか……。なら、全裸で歩く以外の方法を考えてくれ」


「そうじゃな……ここはもう、全員、ゴミ箱を被るのはどうじゃ?」


「はぁ?」


 何を言っているのだろうか、このロリババアは……。イカれちまったのか?……と思ったが……そういえば元からイカれてたかもしれん……。

 他二人はもはや言葉が通じないから、相対的にマシに見えてただけで……。


「じゃって、それくらいしか思いつかんのじゃ……。ゴミ箱も、みんなで被れば怖くない! って言うしな」


「言わねえよ! なんだよ、その超理論! ゴミだらけの四人組なんて、全裸より目立っちまうだろうが!」


「はぁ……そんなに文句を言うなら、キサマが何か考えろ。何もないなら、ゴミか、裸か、どっちか選べ!」


「うぐ……」


 なんて理不尽な二択なんだ。26年あった前世でも、ここまで酷い選択肢はなかったぞ。


「…………じゃあ……ゴミで……」


「よし。じゃあキサマはそこにあるゴミ箱を被れ」


「はい……」


「ワシも別にかぶる理由もないが、しょうがない、ゴミを被ってやろう」


「がうがう!」


「ワンコロは露出度が高いから、ゴミ箱の中に首だけ出して入れ」


「がう!」


 こうして、ゴミ箱を被った俺たち三人と一匹は、やっと街を進み始めたのだった……。


 ☆★☆


『くさーい』


『ぶはっ! 見ろよあれ! ゴミを頭からかぶった変な奴らだぜ!』


『ぷふっ! なんなのあの人たち! めっちゃ面白いんですけど! 写真撮っとこ』


『おぇ……気持ち悪い……』


 街を歩く俺たちは、すれ違う人々に笑われ、指を差され、見せ物になっていた。

 しかし、幸いなことに、こちらに近づいてくるものはいない。まあ、当然だろう。ゴミだらけの変態集団にわざわざ近づく者はいない……。


「なぁ、イズナ……」


「なんじゃ……」


「今更だけど、俺たちゴミ被る意味あった? 全裸のその子だけゴミ箱に入れれば良かったくね?」


「バカか、大有りじゃ。まず、ゴミを被ることで、裸であることよりも、ゴミだらけであるという事実が際立つ。

さらに、ゴミ女に合わせることで、ワシらは一つのゴミ集団という印象を抱かせることができる。これで、誰か一人が苦しむことはない……。

そして何より、ワンコロだけゴミ箱に入れたらかわいそうじゃろうが! この優しさがわからんのか!」


「ああ……はい……」


 俺のことは簡単に見捨てるのに、犬娘のことになると途端に優しくなるのね……。まぁ、俺には可愛げがないからな。仕方ないか……。


「あはは! すごいね私たち! 注目の的だね! 人気者になっちゃうね!」


「おぬしは本当に能天気じゃのう……」


「えへへ〜♪」


「はあ……まったく……」


「いぇ〜い♪ 私たちゴミの仲良し四人組〜」


「がう!」


 ルナはこの状況が楽しくて仕方ないらしい。

 こんなに楽しそうなのを見ると、怒る気がなくなってしまう。

 いや、まあ、もとから怒るほどの元気はないんだけど……。


「さぁ着いたよ!」


 ルナの声に顔を上げると、そこには一風変わった店構えの建物があった。

 大きなビルの一階を丸々使った広い店舗。入口の扉の上には、『リブラ』と書かれた看板がある。


「ここがワシらの目的地か?」


「うん! 私もよく来るお店で、とっても可愛い服がいっぱいあるんだよ!」


「ほう……そうか……。可愛くても、カッコよくても、なんでもいいから、コイツらに早く服を着せてくれ……」


「そだね〜。じゃあ入ろう!」


 チリンチリン……


 ガラスの扉を押し開けると、そこはまさに異世界であった。

 今までの風景は異世界もどきだったのではないか? そう錯覚するほど、目の前に広がる光景は、異世界そのもの。色とりどりの可愛らしい服が並び、奥の方には、女性用の下着らしきものも見える。男性の服屋とはまるで違う。


「あわわ……お、おい……ここって本当に俺が入っていい場所なのか……?」


「なんじゃ? 今更、男心でも思い出したのか? 諦めろ。キサマは女になったのじゃ。ヒラヒラでフリフリな可愛い服を着る運命からは逃れられん」


「そ、そんな……そんな馬鹿な……そんなことって……」


「着てみれば、案外楽しいかもしれんぞ?」


「うぅ……」


 そんなわけはない。俺は男だ……。フリフリの可愛い服に興味なんてない……! はずなのに……この空間にいると、どうしても気になってしまう!


「あっ……」


 その時、俺の視界に白いワンピースが飛び込んできた。

 その瞬間、俺は自分の体が震えていることに気づく……。

 それは恐怖からくるものではない。そう、これは武者震いだ……。


「あれが気になるの?」


「ひゃあっ!?」


 いつのまにか隣にいたルナが耳元で囁いた。


「あはは! 驚かせてごめんね。とっても欲しそうな目で見てたからさ。欲しいなら買ってあげるよ?」


「い、いや! 全然欲しくなんてないから! 断じて、服が気になっているわけじゃないから!」


「そっか! じゃあ欲しいのがあったら言ってね! 私も自分のを見てくるから!」


「ぐぅ……」


「諦めろ……」


 頭についたゴミを払いながら、イズナが哀れなものを見る目つきで言い放つ。


「キサマは女子の服を着るしかない」


「ぐぅ……わかってるよ……」


 そう……俺の体は女の子になってしまった。

 もうその事実は変わらない。この体で生きていくしかないのだ。ならば、受け入れるしか道は残されていない……。


「とりあえず……鏡探してくるわ……」


「おう。そうじゃな。それがよい」

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