第7話 ☆奇跡☆

「キミたち、何してるの?」


 それはまさしく、天使というべき甘く柔らかな声音。


「え……?」


 振り向くと、そこには本当に天使のような美少女が…………


「えぇ…………」


 ゴミ箱を頭から被っていた……。


「オヌシこそ何をやっとるんじゃ……」


 あまりに異様な光景に、イズナは呆れた表情を浮かべている。


「なに? 私、何かおかしいところある?」


「いや……どう見たっておかしいじゃろ…………」


 イズナの視線の先にいる少女は、長い金髪に碧眼と、絵に描いたような美形だ。


 容姿だけでも十分に目を引く存在なのだが、さらに彼女を際立たせているのはその格好。

 天使の羽衣を連想させる純白のドレスは、彼女が動くたびにヒラヒラと揺れ動き、見る者の目を惹きつける。

 ふわりと膨らんだスカートから覗く太ももも、柔らかそうで、艶めかしい。

 そして、随所に散りばめられたパステルカラーの装飾が彼女の服装を完全無欠なものへと昇華させている。


 つまり一言で言うならば『超絶可愛い』のだ。

 だからこそ、そんな少女がゴミを被っている姿は、まさに異様そのもの。むしろ滑稽ですらあった。


「そんなことないよぉ〜」


 そんなゴミ箱天使は嬉しそうにはしゃいでいるが……。


「おぬし……自分の頭の惨状に気づいていないのか……? それとも、その頭の中が空っぽで、理解できていないのか?」


「え? ああ、これのこと言ってるの? ごめんごめん! すっかり忘れてた」


 自分がゴミを被っている事実を忘れるなんてこと、普通ありえないと思うのだが……やっぱり頭空っぽなのかな……。


「でもね〜これ取れないんだ。困っちゃうよね。あはは!」


 そう言いながら少女はゴミ箱をコンコンと叩く。

 いや、笑い事じゃなくないか?


「いや、取れるじゃろ……」


「そうかな?」


「ほれ、貸してみろ」


 イズナの前に少女の頭が差し出される。彼女の髪の毛が揺れるたびに、ゴミの香りが鼻腔をくすぐる。


「うっ……」


「くぅん……」


 これでは歩く公害だ。早くなんとかしないと……


「ふん! ぐぬぬぬぬ!!」


 しかし、イズナがどれだけ力を込めようとも、ゴミ箱はビクともしない。


「はあ……はあ……一体、どうなっとるんじゃ! このゴミ女!」


「あはは! すごいよね! まるで接着剤でくっつけたみたいだよね! これはまさしく☆奇跡☆ってやつだよね!」


「ゴミ箱が頭にハマる奇跡があってたまるか!」


「あははははは!!」


 イズナのツッコミにも少女は屈託のない笑顔を見せるばかり。

 どうやらこの子は相当アレな子らしい。


「それでさ、キミたちはなにやってるの? 名前は?」


「ワシはイズナじゃ」


「俺はアオイ……この子は……名前はまだ無い」


「がう!」


「イズナにアオイ……うん! 可愛い響きだね! 名前が無いのも無限の可能性を感じるよ! 私の名前はルナ! よろしくね!」


「お、俺の名前は可愛くなんか……!」


「照れてるの? 可愛いなぁ」


「う……」


 やばい。なんだかペースを持って行かれている気がする。

 イズナも、こんなゴミを被った女の子相手に、完全に気圧されているようだ。


「そ、それでな! ワシらは服がなくて困ってたんじゃ! おぬし、衣服を手にいれられる場所を知らないかのう?」


「服? 服なら買えばいいじゃん。私、いいお店知ってるよ?」


「そう言われてもなぁ……。服がなくては、街に入ることもできんし、ワシらは金を持っておらんのじゃ……」


「そうなの? それは大変だね。よし、じゃあ私が買ってあげるよ!」


「本当か!? 助かる! じゃあ、ワシらはここで待っているから……」


「ダメだよ! 服のサイズとかわからないし。アオイちゃんなんてそんなに胸が大きいんだから、ちゃんと採寸してもらわないと!」


「ええ!?」


 採寸だと? 採寸って制服とかスーツ作る時だけやるものじゃないのか!? いや、でも確かに……ここまで胸が大きいと適当に選ぶわけにはいかない……のか?


「じゃけど、さっきから言っている通り、ワシらは裸で……」


「大丈夫♪大丈夫♪それくらい誰も気にしないって!」


「いや、気にするじゃろ……めっっっちゃ気にするじゃろ……」


「きっとみんなの視線は私の頭に集まるから! だから安心してよ!」


 女性の裸と、ゴミ箱を被った天使……どちらに視線が集まるかなど予想できるはずもない。

 なぜなら過去に一度たりとも、そのような状況が世界に訪れたことがないからだ……。


「どこにも安心できる要素がないんじゃが……」


「でも、いつまでもここに隠れているわけにもいかないでしょう?」


「うーむ……それもそうじゃが……」


「だったら行こう! 善は急げ! 思い立ったが吉日!」


「あ、待て!」


「レッツゴー!」


「がう!」


 まだ状況の整理すらできていない俺たちを他所に、天使と狼娘は意気揚々と歩き出した。


「クソ! もうどうにでもなれ!」


 半ばヤケになった俺は、二人を追って走り出す。

 大きくため息を吐くイズナと共に……。

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