第3話 はぁ……つっかえ……

「それは……あそこからじゃ」


 彼女が指差したのは天井にある小さな穴だ。言われなければわからないほど小さいが、そこからは確かに月光と思われる光が差し込んでいる。


「なるほど……で、どうやってあそこまで行くんだ?」


「キサマが飛んで、ワシを持ち上げろ」


「は?」


 なにを言っているんだ……。確かに羽はついている。けれど、今まで飛んでこなかった人間が飛べと言われて、急に飛べるわけがない。


「いや。普通に無理なんだけど。飛ぶ方法なんてわかんないし」


「はぁ……つっかえ……。じゃあ肩車でよい。ワシを背負うのじゃ」


「いやいや……その前になんで一人で上がる方法がないんだよ」


「知らん。ワシはあの穴に落ちただけじゃし」


「は?」


 もしかしてコイツ……穴に落ちたまま、出られなかったのか? 神様のくせに!?


「神様なんだから、さっきみたいに梯子とか出せないの?」


「馬鹿か。それだとキサマを召喚する分のKPが足りなくなるじゃろうが。それにキサマが梯子の役割を果たせばよいのだから、梯子など無駄じゃ!」


「は、はぁ……」


「ほれ、さっさとしろ」


 急かすように足踏みをするイズナを見て、俺は仕方なく彼女の指示に従うことにした。


「んしょ……」


 お、重い……。なんだこれ……。

 いつもなら、女の子一人ぐらい簡単に持ち上げられるのに……。

 力がうまく入らない。脚が震えてしまう……。もしかして、これは女になった影響!? 筋力が落ちているのか……。


「おい、もっとしっかり支えんか!」


 イズナは足をバタバタさせて抗議しているが、俺はそれに応えることができない。

 支えるので精一杯なのだ。


「全然届いてないぞ! この胸ばかり大きいロリ巨乳め!!」


「お前がそういう風に召喚したんだろうが!」


「キサマ! ワシの創った身体に文句をつけるのか!」


 興奮したイズナの尻尾が首筋で暴れている。

 肌をかすめる度にくすぐったい感触が襲ってきて……ゆるりゆるりと、力が抜けて行く……。


「あ、ちょ……おま、しっかり支え……ごふっ!!」


 ついに膝が折れてしまい、俺はイズナを背負ったまま倒れ込んでしまった。

 幸い、俺は手を床について、顔面強打は免れたが……


「き、キサマ……ワシを殺す気か!?」


 イズナの顔は真っ赤に染まっていた。


「いや……そもそも肩車が無謀なんだよ……」


「じゃあどうするっていうのじゃ!」


「例えば……そうだな……」


 しばらく考えてから、目の前のモフモフの尻尾を掴んだ。


「キサマ! なにをするか!」


 そしてそのまま大きく振りかぶって……


「ふんっ!!!」


 思いっきりぶん投げた!!


「ぎゃーーーーーーッ!!?」


 イズナは悲鳴を上げながら、宙へと投げ出される。

 そして、きれいに穴を抜けると、彼女は地面に叩きつけられた。


「いったぁ……!! キサマ……神をなんだと思ってるんじゃ!」


「そんなこと聞かれても……イズナは神っぽくないし。とりあえず、引っ張り上げてよ」


「キサマ……覚えておけよ……」


 ブツクサ言いながらも、彼女は素直に俺の手を取ってくれた。

 穴を抜けた先にあったのは、鬱蒼とした森。

 木々の間に差し込む月光が、不気味に地面を照らしている。


「それで……これからどこに行くんだ?」


「知らん! 適当に歩けばどこかに着くじゃろ」


「えぇ……そんな適当な……」


「ほれ、グズグズするでない。置いていくぞ」


「わ、わかったよ……」


 こんな神様と一緒に大丈夫だろうか……。不安しかない。

 けれど、まあ……一人よりかはマシだろう。


「そういえば、キサマ、名はなんと申すのじゃ?」


「えっと……如月葵きさらぎあおい


「アオイか。まあまあ良い名じゃな。それに女としても不自然ではない」


「それは日本での話だろ……」


 夜の森を二人で歩く。

 まるでホラー映画のワンシーンのようだ。けれど、不思議と恐怖心はなかった。

 きっと、隣の奴がウザくて、うっとうしくなるくらいに賑やかだからだろう……。

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