第2話 神ポイント

「俺……サキュバスになってる!?」


「そうじゃが?」


「そうじゃが? じゃねぇよ! なんでよりによってサキュバスなんだよ!!」


「なんじゃ? 不満か?」


「当たり前だろ! 男に戻してくれ! せめて他のモン娘に! 神様なんだろ!」


 最悪すぎる! モン娘に転生するだけでも嫌だってのに、よりにもよってサキュバスだなんて! 淫魔だぞ!? 男とあんなことする奴だぞ!?


「無理じゃ」


「はぁ?」


「いや、正確にはできぬこともないが、キサマの召喚で神ポイント(KP)を使い果たしてしまったのじゃ」


「神ポイント……?」


「ああ、そうじゃ。例えば、ほれ」


 そう言ってイズナは虚無に向かって指を指す。

 すると、何もなかった空間に突然、一枚の布切れが現れた。


「こうして、無から有を作り出したり、キサマを男に戻したり、神っぽいことをするのには神ポイントが必要なんじゃ」


「へぇー……そうなんだ……ってなにさりげなく無駄使いしてんだよ!」


「無駄使いじゃない。キサマが素っ裸だから、残りの全ての神ポイントを使って服を用意しただけじゃ」


「え……ご、ごめん。ありがとう……」


 短絡的だった自分に反省しながら、イズナの用意してくれた布を羽織った。

 ただの布だが、ないよりはマシだ。


「それで、男に戻るためにはどれくらい神ポイントが必要なの?」


「そうじゃな……モン娘一人あたり毎日1ポイント貯まるとして…………大体100万ポイントじゃな!」


「ちなみに……今モン娘はどれくらい……」


「キサマ一人じゃ!」


 おしまいだ……。あと百万日間この体で過ごすなんて……。百万日って何年だよ……。人類の一生より遥かに長いことしかわからない……。


「うぅ……」


「じゃが、安心するがよい! モン娘を増やす方法はある。というか、モン娘を増やすためにキサマを召喚したのだ」


「増やす方法……?」


「うむ。キサマはワシの神ポイントをほぼ全て使って生み出した、最強の眷属! 故に最強のスキルをいくつも備えておるのじゃ!」


「おお!!」


「その中でも最も重要なのが《モン娘化》のスキルじゃ!」


 モン娘化? 名前を聞いただけではどんな能力なのか全く想像できない。


「なんと! このスキルを使うと、男でも、女でも、人間でも、魔物でも、どんな巨大な者でも、どんな強い者でも、モン娘にすることができてしまうのだ!!」


「お、おお? でも、それだけで最強とは言えないんじゃ?」


「チッチッチッ。忘れたのか? ワシはモンスター娘の神じゃぞ?」


 イズナは人差し指を立てて左右に振る。


「モンスター娘は全てワシの眷属のようなもの。要するにモンスター娘にしてしまえば、ワシの支配下に置けるということじゃ!」


「なるほど……モン娘にしてしまえば、無力化したも同然ってことか……」


「そういうことじゃ。しかーし!! その強力な能力を行使するにはSPを必要とする」


「えすぴー? それっていわゆるスキルポイントってやつ?」


「違う! 全然違う! SPは性力ポイントの略じゃ」


「せ、せいりょく!?」


「つまりえっちなことしないとダメってことじゃ!」


「はぁっ!?」


 いやいやいやいや!! えっちなことって! えっちなことって……えっちだってことだろう!? そんなのできるわけ……。


「まあなにも交わることだけがえっちというわけではない。キスやハグなどでも問題ないぞ」


「い、いや……俺、キスなんてしたことないし……」


「え?」


「え……?」


 イズナは俺の言葉を聞くと、目を丸くして固まってしまう。しかし、すぐに正気を取り戻したのか、咳払いを一つすると話を続けた。


「ゴホンッ……では、今キサマがどれくらいSPを持っているのか見てやろう……。前世での経験も引き継がれているはずだからな」


 そう言うと、イズナは俺の額に触れた。彼女は念じるように目をつむると、しばらくの間沈黙する。


「ど、どうだ……?」


「うむ……69じゃな……」


「それってどのくらい?」


「人が一回交わると大体100 SP手に入る。《モン娘化》には20ポイント必要だから、三回使えるな……」


「俺の前世の経験は性交一回分より少ないってこと……?」


「そういうことになるな……」


 そんな……馬鹿な……。いくら俺が童貞だったとはいえ、あり得ない。だってあの子と手を繋いだり! クラスの一番可愛い子とお話ししたり! 幼馴染みとちょっと良い雰囲気になったり!

 もう数え切れないほどえっちなことをしてきたんだぞ!? それが性交一回分より少ない経験だと……? 俺の26年の人生はなんだったんだ……。


「ま、まあ元気を出すのじゃ! キサマはサキュバスになったのじゃ。ここからいくらでもえっちなことができる!」


「……うぅ。そんなこと言われても……。そもそもなんで俺を召喚したんだよぉ……」


「ん? ああ、そうじゃった。ワシにはな、野望があるのじゃ」


「……野望?」


「うむ。この世界には人類と魔物が存在するらしくてな……。ワシのような神様には少々住みづらい環境なのじゃ。そこでじゃ……」


 イズナはニヤリと笑うと、決め台詞のように高らかに宣言した。


「全人類、全魔物をモン娘にしてやろうと思うのじゃ!」


「はぁ? 何言ってんだお前」


 あまりにも突拍子もない言葉につい本音が出てしまった。けれど、仕方ないだろう。ほとんど世界征服と同義のことをコイツは言っているのだから。


「な、なんで俺がそんな馬鹿げた計画に付き合わなきゃならないんだよ!?」


「フフフ……さっきも言った通り、キサマは神ポイントを貯めないと男に戻れない。故に、ワシに協力せざるを得ない。それにな、神ポイントを使えば、あーんなことや、こーんなことだってできるのじゃぞ」


「な、なに!? もしかしてそーんなこともできるのか?」


「ああ。どーんなこともできる」


 俺はゴクリと生唾を飲み込んだ。そして、少し考えた後、覚悟を決めて口を開く。


「……わかった。協力するよ!」


 別にあーんなことやこーんなことがしたいわけではない。ただ、男に戻りたいだけだ! 決して、そーんなことに興味があるわけではない!


「よろしい。では我が眷属よ、共に世界へ繰り出そうではないか!!」


「お、おう!! でも一つだけ聞いていい?」


「うむ。許可する」


「イズナもこの世界、初めてなの?」


 さっきも、人間や魔物がいるらしい。って伝聞形だったし、もしかしたら彼女もこの世界のことはよく知らないのかもしれない。そう思ったのだ。


「ああ、そうじゃ。そもそもモンスター娘なんて言う歪な概念はキサマの世界にしか存在しない。ワシはその歪な概念への信仰から生まれたわけなのじゃが……何故か異世界に配属されてな。信仰のない世界ではどうしようもないから、キサマを使って布教活動というわけじゃ」


「な、なるほど……」


「もうよいか? 行くぞ?」


 返答を待たずに歩き出すイズナ。しかし、俺の中にはまだ放置できない疑問がもう一つ残っていた。


「ところで、この部屋ってどうやって出るの?」

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