第一章

異世界で始まるサキュバス生活

第1話 俺…………サキュバスになってるっ!?!?

 ふわりとした感覚が身を包んでいた。まるで陽光を目一杯吸い込んだ雲に体を埋めたような、暖かくて、柔らかい感覚。

 それはじんわりと身体中に染み渡るようで、やがて指の先まで染み渡ると、重い瞼を上げさせた。


「お、やっと起きたか」


 ゆっくりと開いた視界はぼやけていてよく見えない。

 それでも何とか目の前にいる人物を捉えようとすれば、ぼんやりと輪郭が浮かんでくる。


 視界に収まらないほど長い茶髪に、柔らかそうな白い肌。顔立ちからはどこか幼さを感じさせながらも、少し釣り上がったルビーのような瞳には凛々しさも感じられる。

 最も特徴的なのは頭に生えた大きな耳だ。


 モフモフの毛に覆われた二等辺三角形が、彼女の感情を代弁するかのようにピコピコ動いている。

 そんな彼女は待ちわびていたかのような笑顔で、こちらを覗き込んでいた。


「おはよう。そして、初めまして」


「……んっ」


 理解不能な状況に声が出ない。

 やっと鮮明になった視界にも、見たことのない景色が映り込んでいる。薄暗い石の箱。そう呼ぶに相応しい空間には、蝋燭ろうそく以外に何も見当たらない。


 今こうして頭を預けているのは、どうやら目の前の少女の膝のようだ。

 後頭部には柔らかな感触があり、それが太ももであると理解するまでいくらかの時間を要した。


「なにがなにやらと言った様子だな。よろしい。哀れなキサマにこのワシが説明してやろう」


 彼女は無い胸を張りながら自慢げに語り出す。


「まず、ここはキサマのいた世界とは異なる世界。そのとある一室じゃ。そしてなぜここにいるのかと言うと、ワシが召喚したからじゃ!」


 なんだこの子、メチャクチャ話し方がうざいぞ。

 見た目は可愛いのに、中身が残念すぎる。


 それにしても……召喚術? ゲームとか漫画とかでは割と見る設定だけれど、そんなものが現実にあるわけがない。

 話し方もあれだし、中二病ってヤツだろうか。


「なんじゃ? 信じられぬという顔じゃな」


「えっと……」


「まあよい。次に崇高なるワシの名前を教えてやろう! ありがたく思え!!」


 偉そうだし、ウザいし、なんかムカつくけれど、彼女の話を聞かない限り、自分の置かれた状況を理解できない。ひとまず話を聞くしかなさそうだ。


「ワシの名前はイズナ! モンスター娘の神だ! 崇めろ!!」


「……」


 なるほど。意味不明だ。

 こんなヤツの話を聞いて、状況を理解できると思った自分が馬鹿だった。


 なんだよ。モンスター娘とか神とか……。

 そもそも俺のことをなんて言っている時点で頭がおかしいのだから、話を聞いてもどうしようも無いだろう。


「なんじゃ……その顔は……? まるでワシの話に興味がなさそうだな」


「いや、その……」


 塞がった喉からなんとか声を絞り出した時、異変に気がついた。


 今……誰が喋った? 


 口を開いたのは間違いなく俺だったはずなのに、明らかに別人の声が聞こえてきたのだ。それも女性特有の高い声で……。

 いや、気のせいだ……。喉が塞がっていたから声が変になっていただけだ。きっとそうに違いない。


「あっあー……」


「どうした? 急に変な声を出して?」


 ダメだ……やっぱり声がおかしい。

 しっかりと腹から声を出しているつもりなのに、聞こえる声はまるで女の子みたいじゃないか……。

 俺の声はもっと低くて、汚いものだったはず……。こんな可愛らしくて、綺麗な声ではない。


「……は!」


 まさかと思い、俺は慌てて上体を起こす。

 すると、胸の辺りで何かが大きく揺れた。揺れる度に胸元が引っ張られる感覚に襲われる。

 やがて胸元だけでなく、視線も引っ張られて行き、自然とそれが目に入った。


「……なっ」


 胸元には大きな二つの膨らみが存在していた……。それも生まれたままの状態で……。


「なんじゃあこりゃぁあ!!??」


「わわっ!! 急に叫ぶな!! びっくりするじゃろ!」


 唐突な叫びに驚く少女を無視して、俺は反射するものを探す。しかし、それらしきものはどこにも見当たらない。

 仕方なく、俺は目の前の少女……イズナに自分の姿を訪ねた。


「どうなってんだ!?」


「な、なにが?」


「俺の体だよ! なんで女になってんの!?」


 必死な俺とは対照的にイズナは不思議そうな顔をしている。


「何を当たり前のことを聞いておる。それはキサマが女だからであろう」


「はぁ!? ふざけんな! そんなわけあるかっ!!」


「………………ふむ、そういうことか」


 納得がいったのか、彼女はうんうんと首を縦に振った。


「なんだよ……わかったなら教えてくれ……」


「うむ。さっきも言った通りワシはモンスター娘の神様だ。故に召喚できるのはモンスター娘のみ。たとえ、元の魂が男だったとしてもな」


「そ、それって、まさか……」


「ああ、モンスター娘になったのだ。キサマの身体は」


「嘘だろ……」


「嘘ではない。このワシ、イズナ様が言うのだから間違いはない」


 絶望感に思わず膝をつく。その反動でぷるんっと大きく揺れる胸は、更なる絶望を与えてきた。


「一体……なんのモンスター娘に……」


 自分の体で違和感のある箇所を触診していく。


 まずは肩にかかっている髪だ。腰ほどまであるそれは絹のように細く滑らかで、淡いピンク色に染められている。

 小さな手の、細い指を動かせば、さらさらとした髪が指の間を滑っていくのがわかる。


 次に胸に手をやると、柔らかい感触が掌いっぱいに広がった。

 手に収まらないほど大きな双丘そうきゅうはマシュマロのようで、力を込めれば簡単に形を変える。

 揉みしだく度に甘い感覚が広がり、次第に下半身が熱くなる。


「んっ……」


 今まで感じたことのない刺激に思わず声が漏れてしまった。

 これはまずいと思い、理性でなんとか手を止める。


 続いて、ナニのあったはずのところに手をやると、予想通りナニにも触れなかった。代わりにあるのは少し湿った肌触りの良い割れ目だけ。

 大きな胸が邪魔で見えないが、おそらくアレがあるのだろう……。


 お尻も大きくなった気がする。それに、何か、お尻のあたりに慣れない重みを感じるような……。


「…………!?」


 尻の上らへんに何かがついていることに気がつき、恐る恐る手を伸ばす。すると、指先に触れたのは細長い棒状のもの……。

 間違いない……尻尾だ。しかも、かなり長い。


「なにこれ……」


 フリフリと動くそれを、掴んで前に持ってくる。やはりどう見ても尻尾だ。けれど、それはふわふわの獣の尻尾ではない。先端がハート型のどこかで見たことのある尻尾……。


「ま、まさか……」


 背中にも似たような違和感がある。目視することは叶わないが、パタパタと動かせるのでおそらく羽だろう。

 あとは頭だ……。髪に触れた時は気付かなかったが、角のような硬いものがあった……。これは間違いない……。


「俺…………サキュバスになってるっ!?!?」

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