(14) ハーブタイム
夜は長い。
二次会終了→疲れた→もう動きたくない→そのまま泥のように眠る、なんていう怠惰なコンボを決めないために、ここらで小休止をとっていつでも寝られる準備をしようということになった。
具体的にはお風呂と着替え、そして歯磨きだ。
女子の入浴はすでに終わり、今は男子とバトンタッチしている。着替えも秀ちゃんがたまたま持っていたパジャマコレクションで事なきを得た。問題は……
「うーん、困ったねぇ……」
大人の真似事にしか見えない不似合いな腕組みをする麻由ちゃんの、その視線の先。そこには、それぞれコップに立てかけられた三本の歯ブラシがある。
一つは麻由ちゃん。一つは秀ちゃん。一つは悠斗のものだ。
想定外のお泊りゆえ、お泊まりセットなど持ってきているはずもなく。
無論、歯ブラシも例外ではない。
「やっぱり、この中のどれかを借りるしかない……?」
「みたい……」
わたしの結論に、このみちゃんもうなずく。
だけど、これには問題が二つある。
一つ目は、歯ブラシ三本に対して、わたしたち女子は四人いるということ。つまり、順番待ちをしなくてはならないのだ。同時に四人は磨けない。
二つ目は、誰がどの歯ブラシを使うか、という点だ。恐らく人気は麻由ちゃん一人に集中するだろう。わたしだって麻由ちゃんがいい。そうなれば、最大で三人分の順番待ちが発生することになってしまう。これを防ぐには。
「麻由ちゃん、麻由ちゃんは誰の歯ブラシを使いたい?」
「え……。できれば自分のを使いたい、かも」
「そうなんだ。意外〜。え、てことは秀ちゃんと悠斗のは嫌なの? 家族だよ?」
「ん、でも、やっぱり抵抗があるよ。女の子同士ならまだ、平気なんだけど」
「そっか。そうだよね」
麻由ちゃん誘導作戦は失敗、と。じゃあもう、しょうがないか……。わたしだって抵抗があるけど、順番待ちを回避するにはこうするしかない。
「わたしが、悠斗のを使うよ」
「柚花ちゃんっ!?」
秀ちゃんを論外とするなら、選択肢は一つだった。
「広見くんのなんて駄目だよ、間接……だし……。広見くん病に感染しちゃうよ、ばっちいよっ!」
「やっぱりこのみちゃんもそう思う?」
「思う! 麻由ちゃんのがいいんじゃない?」
普通に考えるならそうだよね。というか、それ以外ないように思える。
「けど、順番待ちが……」
「はいはいどいてどいて。ぺっ、ってさせて〜」
鳴亜梨ちゃんが葉っぱで歯を磨きながら近づいてくる。わたしたちが洗面台の前から退くと、背後から鳴亜梨ちゃんの「ガラガラ、ぺっ」が聞こえてきた。
「ねぇ、麻由ちゃんはわたしと柚花ちゃんが使っても嫌じゃないのかな?」
このみちゃんが保母さんばりに優しく訊く。
「はい、だいじょぶですよ。その、このみさんこそ、嫌じゃないんですか?」
「ぜーんぜん? じゃあさ、先に麻由ちゃんが使って、そのあと柚花ちゃんに貸してあげてくれる?」
「はい! あ、でも……ゆかちゃんは嫌じゃない?」
「うん」
ほかの二人に比べれば全然マシだ。
「じゃ、じゃあ、柚花ちゃんのあとは、わたしが……」
突然息が荒くなった。悠斗病に空気感染したのだろうか。
「ふー、サッパリしたぁ。芸能人は歯が命、酒本鳴亜梨は葉が命、ってね。……て、あれ? みんなどうかした?」
せっかくまとまりかけていた(一部不服な箇所があったとはいえ)ところへ、鳴亜梨ちゃんが会話に参加してくる。
「みんなの歯ブラシがないから麻由ちゃんのを借りようって話をしてたんだけど……鳴亜梨、今『ガラガラ、ぺっ』してなかった?」
「ぺっ、でしょ? してたけど?」
「っていうか鳴亜梨ちゃん、そういえばさっき葉っぱで歯、磨いてなかった?」
「柚花、あれ葉っぱじゃない、ハーブ」
「磨いてたよね?」
「磨いてたけど?」
「そのあと、『ガラガラ、ぺっ』もしてましたよね?」
「ぺっ、のこと? したよ? てか、そういうことなら、ちょっと待って」
鳴亜梨ちゃんは四次元ポーチの中をまさぐり、人数分の葉っぱを取り出した。
「葉っぱで歯磨きなんてできるものなの?」
「柚花。葉っぱじゃなくてハーブだから。正確には、
「
「そ。市販の歯磨き粉と同じ成分が含まれていると言われているの」
どう見てもその辺の木からちぎった葉っぱにしか見えないけど……。
「ペパーミントみたいなものですか?」
「そゆこと。あたしの家系ではみんな持ち歩いてるよ」
そんなこんなで。
わたしたちは葉っぱで歯を磨くという、生まれてはじめての貴重な体験をすることになったのだった。
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