(4) 繋ぐ絆 -B part-
「それじゃ、片っ端から勧誘していこー」
「おー!」
腕を振りあげて歩きだすと、鳴亜梨ちゃんが後ろをついてくる。勇者にでもなった気分だ。リーダー楽しい。
わたしたちはまず、いちばん手近な席――わたしの隣で読書している子の前に並んで立った。勧誘の台詞は鳴亜梨ちゃんのものを応用させてもらうとしよう。
「おはよっ、酢昆布食べる? ところでコンブといえば、ある組織の幹部に――」
「ひいぃっ!」
わたしたちの顔を見るなり、彼女は奇声をあげて、怯えたように椅子ごと後ずさった。自分の身体を抱きしめてガクガク震えている。
「ねぇねぇ
「きゃああああ! 来ないで! 来ないで!」
だめだ。なぜかは知らないが、完全に錯乱状態に陥ってしまっている。プーアル茶でも飲んだのかな?
とにもかくにも、下呂泉さんの勧誘は失敗に終わった。ほかを当たろう。
「でもさ柚花、思ったんだけど、片っ端から勧誘してくのって効率悪くない?」
「たしかに」
言われてみればその通りだ。
「第一、たいして仲良くない子を無理やり誘って、それで女子会が盛りあがるとは思えないし……」
「たしかに」
下呂泉さんなんか誘ってもしょうがない。
「そこで、こういうのはどう?」
鳴亜梨ちゃんが効率的な方法を提示してくれるようだ。
「まず、あたしと柚花で一人ずつ、二つ返事で入ってくれそうな友達を勧誘します。そしてその人たちには一人につき二人ずつのノルマで、同じように友達を紹介してもらいます。その人たちにもまた……というようなことを繰り返すことで、二人が四人、四人が八人、八人が十六人と、芋づる式にメンバーが増えていきます!」
「おおおっ!」
すごい! 鳴亜梨ちゃんなのに頭いい!
「これならみんな最低一人は仲良しの子がいて、変に気まずくなることもないだろうし」
もし接点の薄い下呂泉さんが混ざっていたら途端に気まずくなるところだった。
「それでいこう」
さっそくわたしは最初に勧誘する人を頭に思い浮かべた。
「じゃあわたしはこのみちゃんで――」
「それじゃああたしはこのみを――」
「……」
「……」
かぶった。
「鳴亜梨ちゃん、ほかの人を紹介する気はない?」
「柚花こそ、ほかの人を誘ってみたら?」
「わたし、このクラスにはもう友達のストックいない……」
「あたしも、このみくらいしか仲良い子いない、このクラスでは……」
「……」
「……」
まあ、少々予定は狂ったが、問題ないだろう。このみちゃんにすべてを託すことにする。
気を取り直し、さっそくわたしたちはこのみちゃんのもとに向かった。
「女子会? ……うん、いいよ。入らせて」
期待通り、このみちゃんは二つ返事でOKしてくれた。
「それではこのみちゃん、お友達を紹介してください!」
「え〜! やだぁ〜!」
鳴亜梨ちゃんが茶々を入れてくるが無視する。
「うーんと、それじゃあね、モモちゃんを誘おっかな」
席を立つこのみちゃん。わたしたちもあとをついていく。
「モモちゃん」
「あ、このちゃん。どうしたの?」
「うんとね、突然なんだけど、女子会っていう組織に入らないかなって――」
「ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい」
このみちゃんの背後に立つわたしたちの姿を認めるや否や、モモちゃんこと下呂泉さんは顔面を蒼白にして謝罪の言葉を繰り返した。
「も、モモちゃん?」
「水兵リーベぼくの船? 水兵リーベぼくの船? 水兵リーベぼくの」
下呂泉さんが壊れた。
もちろん勧誘は失敗に終わった。
「じゃあこのみちゃん、次のお友達を紹介してもらおーか!」
「え〜! やだぁ〜! やだぁ〜!」
「えっ? あの、もう終わり、なんだけど……」
「えっ?」
「えっ? だめ、なの?」
「ノルマは一人につき二人だから、困るよ」
「わたしも困るよ……。だって、このクラスで仲が良いのはモモちゃんと柚花ちゃんと……鳴亜梨くらいだし」
「そ、そっか」
「う、うん。だ、だって、あんまり親しくない人を誘うのも、なんか違う気がしない?」
「だ、だよね。じゃあ、うん、しょうがないよね……」
「うん……」
「……」
「……」
「……」
手詰まりだ。友達の輪は広がらなかった。
まあ、しょうがないだろう。たまたまこのクラスには仲の良い友達が集まらなかっただけなんだし。
…………どれだけ交友関係狭いんだ、わたしら。
仕方ない。あまり気は進まないけど、こうなったらほかのクラスを当たるしかないか。わたしはほかのクラスにも実はそれほど仲の良い友達はいないほうだけど、鳴亜梨ちゃんたちなら軽く百人くらいはいるだろう。
手始めに隣のクラスから攻めようと一歩踏み出したとき、鳴亜梨ちゃんがおもむろに口を開いた。
「女子がだめなら、男子を入れればいいじゃない」
それは、禁断の果実だった。わたしとこのみちゃんは雷に打たれたように立ち尽くす。
「仲の良い女子がいなくても、仲の良い男子ならいるんじゃない? 特に柚花なら、軽く百人くらいはいそうだけど」
たしかにわたしは、どちらかといえば女子よりも男子の友達のほうが多い、いわゆるまる子系女子かもしれない。だからって、女子会に男子を入れるなんて、アタシゃ冒険しすぎだと思うけどねぇ。とほほ。
そのとき、真緒くんが前を通り過ぎた。なるほど、真緒くんか。仲も比較的良好だし、顔立ち的にも女子に見えないこともないし、試しに入れてみるにはちょうど手頃かもしれない。そうと決まればさっそく呼び止めよう。
「真緒くん真緒くん、女子会に入って」
「えっ、なに、若月さん?」
「かくかくしかじか」
わたしは端的に事情を説明した。
「女子会? ……う〜ん」
おっと。真緒くんは意外にも難色を示した。やはり女子会というネーミングが引っかかるのだろうか。
「どうしよう……そもそもかくかくしかじかだけじゃよくわからないし……う〜ん」
かなり悩んでいるご様子だ。
「入ってくれないの? うぅ〜ん、真緒くんのいけずぅ〜」
そんなとき、またしても男子が通りかかった。というより、一直線にこちらに近づいてくる。
「おい馬鹿。あんまり真緒をいじめんなよ」
「失敬な。いじめてないし馬鹿じゃなくて柚花だし。ていうか馬鹿って言うほうが馬鹿なんだよばーか!」
「ガキかよ……」
「ガキだよ!」
もはや恒例行事のように軽口を叩きあってしまう。彼、広見悠斗とは幼稚園からの付き合いで、小学校では五年連続同じクラスという、なんらかの見えざる意志が働いているとしか思えないほどの腐れ縁だ。
「ねぇ柚花、ついでだし、広見悠斗も女子会に入れちゃえば?」
「え? う〜ん……」
悠斗かあ……ま、入れてあげてもいいかな。
「そうだね。ついでだし、入れちゃおっか」
「おいおまえら、人をついでついでって、なんの話だよ」
「それはですねー……かくかくしかじか!」
わたしは端的に事情を説明した。
「なるほどな。つまり女子会という組織を作ったはいいが肝心の女子メンバーが思うように集まらず、仕方なく男子を入れることになって手始めに真緒や俺を誘ってみた、と」
「通じたの!? かくかくしかじかで!?」
真緒くんが仰天している。わたしもまさか通じるとは思っていなかった。こいつさては聞き耳を立てていたな。
「ったく、しょうがねえなあ柚花は。女子会だかなんだか知らないが、入ってやるよ」
おっと。悠斗がこんなにあっさり入ってくれるとは。正直予想外だ。同じクラスになるたびに「また柚花と同じクラスかよ、うんざりだぜ」ってわざわざわたしの席まで言いに来るくらいだから、もっとうんざりされてるものだと思ってたんだけど。でもまあ、ここは素直に喜んでおこう。
「えへ。ありがと、悠斗」
「べ、別に。暇だから入ってやっただけだよ」
頬を掻きながら答える。虫刺されかな?
「あ、あの! そういうことならぼくも、入らせてもらおうかなっ?」
悠斗に触発されたのか、真緒くんも参加を表明してくれる。
「ありがと、真緒くん。歓迎するよ」
これで五人。この人数ならギリギリいけそうだ。女子会が具体的になにをする会なのかまではわかんないけど。
そんなときだ。遙か彼方から声が轟いたのは。
「話はすべて聞かせてもらったよ」
そしてやってきたのは、メガネだ。シャツを限界までズボンにインしたいつものスタイルだが、その表情はいつになく険しい。メガネは眼鏡をクイッと押しあげて、言い放った。
「あなたがただけで女子会とは、感心しませんね。子どもだけで花火をやるようなものでしょう。非行も同然です。子どもだけで花火をやるようなものでしょう。学級委員として、見過ごすわけにはいきません」
きっぱりと断じる。学級委員でもない、ただの黒板消し係に過ぎないのに、メガネはあくまで学級委員の立場から意見をぶつけてくれている。
「よって、この不肖メガネも、学級委員としてお供することにいたしましょう。子どもだけで花火をやらせるわけにはいかないのでね」
「ありがとメガネ!」
ありがたすぎる申し出だ。これほど心強いことはない。ちなみに実際の学級委員は女子は下呂泉さん、男子は
タイムアップを告げるように、チャイムが鳴り響く。とりあえずはこのくらいの人数で充分だろう。なにをするために集まったのかまではまだわかんないけど。
「じゃあみんな、急だけど、今日の放課後に居残ってさっそくやってみようぜ!」
どうせこいつらにたいした用事はないだろう、そう踏んでいたのだが。
「え……。女子会の活動って、放課後にやるもんなのか?」
悠斗が訊いてきた。
「えーっと。特に決めてはないんだけど、いちばん無難かなって。なんかまずかった?」
悠斗は何事か考える素振りを見せて、
「いや、なんでもない。放課後だな、わかった。……ま、速攻帰れば間に合うだろ」
よくわからないが、問題ないようだ。
チャイムがやんで先生が入ってくる。
「さあさあ、席に着けよー。パーティーの始まりだ! レッツパーティータイム!」
――こうして、わたしたちは女子会を開くに至ったのだった。
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