第3話

――こうして俺には知られてはいけないもう一つの顔ができてしまったのだ。

俺が彼女と出会ってから数日が経った。最近は特に変わったことはなく平和に過ごせているが、先日から家の外で視線を感じるようになったのだ。しかも常に誰かに見られている感覚を覚えるのである。まあ、恐らくだが俺の能力が発動している影響だろう。もしかすると俺の正体を探ろうと付け回されているのかもしれない。そのせいで色々と不便な思いをしながら過ごしている訳だ。俺にとっては家族以外に素性を知られるわけにはいかないので非常に困る。今は相手の出方を伺うしかないが、なるべく早く何とかしたいところだ。そんなある日の朝、登校しようと準備をしていると母に呼び止められて一枚の紙を手渡された。その用紙には次のように書かれていた。

『貴殿の異能を軍事目的で利用させていただきます。詳細は追って連絡します』

それを見た瞬間に背筋が凍りついた。遂に恐れていたことが起こってしまったようだ。これは俺に対する脅迫に違いないだろう。俺は母に手紙のことを尋ねると、

「差出人は書かれていないけどおそらく警察じゃないかしら? 最近、変な事件が多いから何か関係してるんじゃないかと思ってね」

「そっか……。でも俺はこんな怪しい奴に協力なんかしないから大丈夫だよ」

一応は心配をかけたくないためそう答えたが、実際は協力するつもりなど全くなかった。むしろ逆効果になりかねないと思っているくらいである。まあ、最悪は俺一人でどうにかしようと考えているのだ。とりあえず今日は学校を休んで家にいることにしたのだが何故か彩華が家にやって来た。俺は少し迷ったが玄関まで出向いて扉を開ける。すると彼女は不機嫌そうな表情を浮かべていた。何が起こっているのかわからない俺はとりあえず事情を聞くことにする。

「どうかしたのか?」

「どうもこうも無いわよ! さっき学校に行ったら先生が貴方が体調不良だって言ってたわ」

そうか、それでわざわざ見舞いに来てくれたということらしい。俺は彼女に礼を言おうとしたが、途中でやめて真剣な表情で彼女に告げた。

「なあ彩華、頼みがあるんだけど良いかな?」

俺の言葉に彼女は不思議そうにしていた。そりゃそうだろ、俺が人に頼みごとをするなんて滅多に無いことだからな。

――翌日、いつものように学校に行こうとすると家から一歩出たところで目の前にパトカーが現れた。警官達がこちらに向かってくる。正直、嫌な予感しかしない。

――そして予想通りに彼らは俺を呼び止めてきた。

俺は彼らに言われた通り大人しく連行されることにした。彼らが乗ってきた車に乗るように促されるが断る。すると別の車が停まり中から数人の男性が出てきた。その様子から明らかに彼らとは階級が違うことが見て取れる。

――そして俺は彼らの部下に連れられてある建物に入っていく。中には大勢の警察官がおり、その中の一人がこちらへ近寄ってくる。俺は身構えるが男は意外なことを言い出した。

「はじめまして、私は警視庁特殊資料整理室の黒木と言う者です。貴方を迎えに来たのですが、これからある場所に行ってもらうことになりました」

――どうやら今回の事件はあの男の手によるものみたいだ。まさかここまでやるとは思わなかったが、それだけ俺が邪魔だという事だろうか? どちらにせよ拒否権は無いみたいなので黙っているしかなかった。すると今度は女性が現れて言った。

「私も同じ組織のものです。貴方を保護しに来ましたので一緒に行きましょう。それから、貴方に危害を加えるつもりは全くありませんので安心してください。……それとこれを身に付けてもらえませんか?」

そう言われ渡されたものは通信機器だった。どうやら特殊な周波数の電波を出して他の機械を誤作動させる効果があるらしい。……よく分からないが便利な物だということだけは分かった。そして俺達は部屋から出てエレベーターに乗り込む。俺の隣に女性が座り、その後ろに男性が立っている。まるで容疑者を連れていくかのような光景だった。

――しばらく移動していると、見覚えのある場所に辿り着いた。そこは俺がよく利用する喫茶店である。何故ここなのか考えているうちに店の前に到着してしまった。俺達の姿を確認するとマスターが奥の部屋に行くよう勧めてくる。指示に従い俺達がそこに入るとそこには見たことのない人物が待っていた。見た目は50代前後といった感じだがとても若々しく感じる。

その男性は俺の方を見て話しかけてきた。

「久しいですね。こうして会うのは何年ぶりでしょうか……」

……えっ? もしかして知り合い……?いやまあ普通に考えれば分かることなんだが、あまりにも唐突すぎて驚いたのだ。

――俺は改めて男性の方を見る。まず服装は和服に近いスーツ姿で刀を携えており、年齢は多分40歳くらいだろう。そしてどこか雰囲気が祖父に似ている気がした。まあ、他人の空似だろうけど。そんなことを考えている俺に対してその人は言った。

「突然だが自己紹介させてもらうよ。私の名前は夜桜勇也、元異能部隊総隊長で君の父親だ。以後よろしく頼むよ!」

…………はい!?今このおっさんとんでもないこと言ったぞ。俺の父親は20年以上前に行方不明になってるんだがどういうことだ。もしかすると俺を騙すための罠かもしれないと思ったが、流石にそこまでするほど暇ではないだろうと思い至る。それに今は敵かどうか判断することはできないので様子を見ることにした。俺は続けて質問を投げかける。

「……父さんのことはよく知らないが、あんたが本当に俺の父さんだとして、一体何が目的なんですか?」

俺の問いに彼は少し悲しげな表情を浮かべて語りだした。

「私は当時、異能部隊の副隊長をしていたがとある任務中に誤って民間人を殺してしまった。その現場を目撃したお前の母上と共にな。本来ならば許されない行為なのだが、私の家族を人質に取られたことでやむなく従った結果、私が人殺しであるという噂を流して部隊を抜けることに成功した。私は家族を守るために仕方なく行ったことだったのだが、世間はそれを許さなかったようだ」

彼の話を黙って聞いていると、今まで知らなかったことが少しずつ明かされていく。そして全てを聞いた時、俺は複雑な気持ちになっていた。

――確かに話の内容から考えて彼が俺達の実の父親であることは間違いなさそうだ。しかし俺は彼に感謝はすれど恨みはしていない。当時の状況を詳しく説明できないにしても事情があることは分かっていた。母にもちゃんと説明したはずだし、俺のためにしたことだということはわかっていたのだ。それでも噂が流れてしまうくらいだから余程のことがあったに違いない。俺は彼に頭を下げると口を開いた。

「……話はわかりました。正直、信じられないですし未だに疑問は残っていますが、とりあえず事情があるのだと理解します」

俺の言葉を聞いて彼は安心したような表情を浮かべた。それから、今度は彼が問いかけてきた。

「これから言うことは大事なことだ。正直、あまり気乗りしないが仕方が無い……。さて、単刀直入に聞こう。君はこれからどうするつもりだい?」

どうするかだって?そんなの決まってるさ。俺の答えはもう決まっている。俺は彼に自分の意志を伝えることにした。

――それはある意味では自分の本心を確かめる機会だったのだと思う。もし、ここで何も言わなかった場合、俺はこのままずっと逃げ続ける人生を送っていたことだろう。俺はそれが嫌だったので勇気を出して伝えた。

「俺の目的はただ一つ。あいつらをぶっ潰すことだけだ!そのためならどんな手を使ってでも戦う。俺は決めたんだよ。必ずあの野郎共から彩華を取り戻すってな!!!」

「……そうか、それならば良い。だが覚悟しろ、これは容易く成し遂げられることではないぞ。むしろ命を落とす可能性も高い。それを承知の上で行くというのか?」

俺は迷わず首を縦に振ったが同時に決意を固めていた。

――俺は絶対に復讐を果たす。たとえ死んでもやり遂げなければならない。それだけの理由があるのだから。それから最後に、彼は別れ際に言ってきた。

「もしも困っていることがあったらここに来るといい。君を助けてくれる人達がいるはずなのでね。私からのアドバイスとしては、まずは強くなることだ。それから己の力を使いこなせるようになる必要がある。力とは使うためにあるものだということを肝に銘じておきなさい。これから先はきっと苦しい戦いになるだろうが、諦めずに頑張ることだよ。君が立派な大人になった姿を見る日が来ることを楽しみにしているよ。では、また会おう!」

そう言って立ち去っていった。……結局のところ何者だったんだろうあのおっさん。俺は呆然としながらも心のどこかで再会できることを望んでいた気がする。

―――俺には2人の家族がいた。1人目は父さんのことで、俺のことをすごく愛してくれてとても強い人だった。そして俺の憧れの存在でもある。だからこそ尊敬していた。

2人目の家族は母のことだ。いつも俺のことを考えてくれていて優しい人だった。だが、それと同時に自分を責め続けていた。俺達を守りきれなかったことに後悔しているみたいだ。母が俺達を守れなかったのは父のせいじゃないのに。そもそも母は被害者みたいなものだったのだ。なのに母はまだ引きずっていて辛い思いをしている。そんな彼女にこれ以上、俺達のせいで苦しんでほしくないと思っていたので、俺達を捨てて幸せになれるように遠くへ行ってもらうことを決めた。俺と妹は反対したが彼女は受け入れてくれた。本当は一緒にいてほしかったけど、彼女のためだと思い送り出すことに決めたのだ。

だけど今思うと、その時に俺の本当の思いを伝えておくべきだったのかもしれない。そうしたら、何かが変わったのだろうか?……まあいいや。過去を振り返るのはもう辞めよう。これから先をどうしていくかを今考えればいいだけのことだ。俺はそうして新しい道を歩き出した。

*

――その後、しばらく街を探索したが特に変わったことはなく、無事に買い物を終わらせることが出来た。ちなみに今回の戦果は食料品と服、それに靴を買うことができたので結構いい感じに充実できたと思う。

その後は家に戻るべく電車に乗って帰宅していたが、その際にふと思ったことがあったので俺は聞いてみることにした。

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